前田宏さんとの対話備忘録

福井市照手の「ポエット モンタニョーラ」で開催された前田宏さんの展覧会へ。オープニングで前田さんとのお話が、技法ともご本人のステイトメントもちょっと異なる、印象的なお話だったので、断片的ではありますがここに記録します。(前田宏さんの加筆修正済み)


ベーコンのアトリエを描いた絵
二十代の頃、フランシス・ベーコンのアトリエを描いた絵画作品があるのですが、実際にアトリエへ赴いたわけではなく、ベーコンを評した本の巻末に掲載されていた驚きのアトリエの写真を見て描いたものです。その写真は見開きで構成されていました。その頃ワルター=ベンヤミン著の『複製技術時代の芸術作品』を読んで感銘を受けたのですが、無論その全てを理解できなかったにしろ、当時の私は「写真と絵画の間にあるもの」を形にしたいと考えていました。印刷物に印刷された写真の構成をそのまま絵に落とし込むことを意識し、破れていた見開きの写真に合わせてキャンバスを二枚並べて制作しました。

蛍の撮影と「時間の積層」
2015年から蛍の撮影を始めました。。きっかけはフランスの美術史家且つ哲学者ジョルジュ・ディディ=ユベルマンが書いた『蛍の残存(Survivance des luciolesという本との出会いでした。ヒメボタルの点滅は1秒に3回と速いため丸い点のように写り、ゲンジボタルの点滅は4秒と長いため、線を描くような写真になります。背景に明るさが残る写真は、蛍の出る前のまだ薄明るい時間から撮影を始めたものです。撮影時間は蛍が飛んでいる間の概ね1時間ほど。そして蛍を撮影しながら夜の風景を昼間のように明るく見せるのではなく闇そのものを撮りたく思います。
そしてそれに表現したいのは「時間の積層」です。夕暮れに三脚を立ててから蛍が出るのを待つ時間、そして蛍が出始める景色から真っ暗な闇の中で乱舞し出すまでの、時間の積層を表したいのです。その積層は、9階層の墨のインクを使う特殊印刷(ピエゾグラフィ)を通して夜の闇の深さをより引き出してくれます。
蛍は暗くなってから飛びはじめるもの、撮影し始めから終わりにかけて周囲は真っ暗になっていきます。この蛍が飛び始める直前から闇の中で乱舞しだすまでの蓄積された時間を墨を塗り重ねながら一枚の写真に封じ込めようという試みで、このデジタルカメラ時代にこそ可能な技術ですが、実を言うとこれは十九世紀に既に発明されたクロノフォトグラフィー(Chronophotographie)のプロセスそのものです。
(対話の中で、エティエンヌ=ジュール・マレーの馬の連続写真についても触れました)

作風の変遷と「黒」への意識
このシリーズを始めた頃は、ファインダーを覗きながら、山の稜線や木々のシルエットを浮かび上がらせることを結構意識していましたが、最近は真っ黒な背景の中に淡い光の線が浮かび上がる抽象的な表現になる時もあり、最新作の中には背景が無い(ように見える)作品が多々あります。

私が黒の中にある階調を追求するのに意識してきた背景があります。その一つにギュスターヴ・クールベが描いた暗い『ルー川の源泉』の絵画シリーズ、そして逆説的とも言える長谷川等伯の白霧の中の松林図(屏風)などです。
等伯が息子を亡くした後に描かれた絵でそのスタイルが極端に変わりました。彼が描く深い霧は反転すれば深い闇とも言えます。

ギュスターヴ・クールベの『世界の起源』はその前年に10枚以上描いた『ルー川の源泉』シリーズと密接な関係にあると思います。その横たわる首のない裸婦の白い腹部の中央に描かれた「陰毛」の生え際をよくよく観ると、肌の絵の具が暗い部分にかぶさっています。つまり暗い部分は陰毛というよりも、タイトルの通り雲の合間から見えるもっと宇宙的な深さを感じさせます。白い絵の具の筆のタッチの合間から見える黒い闇の空間を描いたジャクソン・ポロックの最後の作品『The Deep / 深淵』は、このクールベの作品への返答のようにも見えます。

アニッシュ・カプーアの作品『世界の起源』の黒い穴のインスタレーションは、クールベの同名作品へのオマージュであることは明らかです。彼が使う世界一黒い顔料である「ベンタブラック(Vantablack)」は99,965%の光を吸収するため、それを塗った立体やオブジェは黒い穴に見えてしまいます。しかし驚いたことにカプーアは、この顔料の芸術的使用の独占権を買い取ったため、残念ながら他のアーティストは使用できない状態です。カプーアはとても好きな作家ですがこの件ついては残念でなりません。それはあたかもルネッサンスの時代に美しい青を使う画家ピエロ・デラ・フランチェスカが、ラピスラズリの絵の具を独占使用するようなもので、ありえない話です。それ故ピエゾグラフィを使いながら黒のニュアンスを限りなく追い求めた「蛍の夜」は、私なりのアニッシュ・カプーアの「絶対的な黒」へのちょっとした無言の反論でもあります。(アニッシュ・カプーアによるベンタブラックの独占についてhttps://www.afpbb.com/articles/-/3079275

前田宏 プロフィール
1956年福井市生まれ。1976年渡仏。ストラスブールでの滞在を経てパリ国立高等装飾美術学校の絵画・壁画科を卒業した後、自身の創作活動と並行し建築家やデザイナーとのコラボレーションを続ける。1995年より母校で教鞭をとりはじめ2024年末に退職。昨年4月に文化人類学者オクタヴ=ドゥバリーによるキュレーションでパリの医学歴史博物館にて蛍のシリーズを集めた作品展を開催。そして今年の秋これらの写真作品集が出版される予定(G・ディディ=ユーベルマン、O・ ドゥバリー共著、クレアフィス出版)。フランス・パリ在住。

左が前田宏さん、右はポエット モンタニョーラギャラリーオーナーのひとり、増子さんです

作品に触れて 私の感想
単に「蛍を追いかけて撮影した写真」ではないだろうとは思っていましたが、「黒よりも黒」や「時間の積層」という意識があることを知ると、写真の見え方が一変します。さらに、その黒に隠された意味や隠喩を知ることで、また違った表情が見えてきました。個展の案内状も、光の当て方によって漆黒が浮かび上がる刷り方になっていました。前田宏さんがステイトメントで書かれていた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』、もう一度読みたくなりました。

白さと黒さ、そしてその深さとは何なのか。そこに潜むエロティックを掴む前田さんの感性があり、それを作品にするところが表現者ですね。クールベからカプーアまで広がるお話では、これまでの作家が残してきた思考と制作が、このように一人の作家に繋がり影響を与えるものなんだと、生講義に震えていました。
知人がヒメボタルの写真を見て「ドットが散らばっていてカワイイ」と評したことも印象的でした。デザイン的でファッショナブルな視点もあり、人の見方にも改めて気づかされました。


「前田宏写真展 螢火の小径」
会期|2026年6月24日(水)〜6月30日(火)
時間|12:00〜18:00
入場無料 駐車場6台
ポエット モンタニョーラ(poetes.montagnola)
照手4-4-2, Fukui, Fukui 910-0024
https://www.instagram.com/poetes.montagnola/

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

アート関連の発信はFacebook個人、Instagram個人にてバシバシ行っております@cowbellriko


I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.