写真家 西野壮平さんトークに参加して(2)

午後は金津創作の森館長の土田ヒロミさんと西野壮平さんの対談でした。西野さんの大学時代の先生が土田さんだったそうです。質問は土田さんから。

ーなぜコラージュ作品を作り始めたのか?
西野:大学2年生の時に始めた。最初は友人が撮ったコンタクトシートに目がいった。歩いて撮影した記録が見える。友人のコンタクトシートを見て「この撮影の後にこれを撮ったのか」「粘ったのだな」など如実に行為が現れてくる。その中から1枚を選ぶのが通常だが、選ばれなかった写真になにか感動した。その時、このコンタクトシートを使おう、と考え今の制作の原型になるもの(コラージュ)を作り始めた。

ー製作期間は?
西野:1カ月撮影をして、4か月くらい制作する。

ー1年を追うごとに多視点になっていっている。
西野:学生時に制作した大阪の作品はとても地図的だ。これはどれも高い位置(高いところにのぼって)撮影をしている。自分の精神状態の表れでも思っていて、人とのコミュニケーションを避けていた時期だ。自分でも閉鎖的な感じがする。他人よりも高い場所を探し、今いる自分の位置を俯瞰していたのかもしれない。

ー別府の作品は大阪とは違う。町の中に入って撮影をしたあとが見える。西野くんの体験そのものを貼り付けているようだ。この体験を貼り付ける行為は怖くなかったのか?
西野:誰ともコミュニケーションをとらずにいた僕が、写真を発表して評価してもらえ、認めてもらえる機会を得た。それで自分に自信がつき、そうなると人とつながりたいという想いが出てきた。すると視線も下がるので、視線を下ろして歩き始めた。それは必然なことだろう。視線を下ろして撮影すると、写真がダイナミックになってきた。「都市をというものを自分を通して見る」感覚だった。一つ怖さがあるとすれば、遠近感がバラバラなものをひとつの画面におさめること。いびつさが出るだろうと怖れはあった。

ー写真は遠近で成り立つものだ。別府の作品は興味があるものは大きく、ないものは小さい扱いのよう。カメラのパースペクティブではなく、作家の主観的なパースペクティブが現れている。そして作家の体験、例えば銭湯の場面などが部分的に映っている。ここに別府作品の図像の面白さ、西野体験の面白さがある。写実的でありながら、そこを超えようとしている。

ー東海道の作品はとても長い距離を歩いている。歩きながら作品をどう構成しようか考えているのか?
西野:作品の長さは撮影した枚数に比例する。長さを縮める作業が大変だ。歩きながら作品の構成は考えていないが、歩き終わった後にアウトラインが見えてくることはある。

ー富士山は何を表現しようと試みたのか。人間の力のおよばないという人智を超えた力?富士山が持つ神話性?
西野:見たことのない世界を見たい、ただそれだけ。

ー文化として解消しようとしているのか?山岳信仰が強い山だが。
西野:山岳信仰というところでなら、富士曼荼羅図を参考にはした。そこに自分の精神性を入れ込もうとした。アトリエが西伊豆にあるが、海に浮かぶ富士山だったり、コロナ禍では「かわらない風景を心の安定」にしていた。そう思ったとき「富士山とは昔からそう思われていたのでないか」と考え「富士に向かうことは心の安定になるのか」という想いもある。

ー富士山登山のルートは?
西野:4つの登山ルートを1週間ごとにのぼった。合計5回ほど。僕は登っていく人に出会いたかった。体験の量を増やしたかったからだ。

ー富士の作品は黒の部分がきいている
西野:富士曼荼羅にもあるが、町と山の間に境界線がある。それが神聖さを醸し出すのだろう。どのように表現しようか迷ったところだ。雲をしたから撮影すると青空、背景が明るくなってしまい作品に使えない。富士山にのぼったことでよかったのは、雲を上から撮影できたこと。山頂から下を撮ると、下界が暗い、それが写真になっている。

西野:新作北陸道で、チケットにも入れたスーパーマーケットが無くなり違う看板に代わっていた。僕の作品は記録性を持っていると思う。多視点で撮影しようという意識はあり、同じ風景の中でも「こちらから撮影しよう」「斜め後ろから撮ろう」と。自分が動くことで視点が変化する。変化した先でもう少しここをフォーカスしよう、という撮影の仕方だ。

ー撮影には体力と一緒に忍耐力が必要だ。西野視点は自分の身体的経験を風景にしている。レンズで通して作られた写真を使って、人間の領域にひっぱってきている。表現の幅がある。

大雪の日でした。雪も映える西野作品。

お話を聞いて

トークの中では言及はありませんでしたが、私が客席から感じたのは「土田さんと西野さんは写真作品に何を込めているか」です。そして年代差なのか時代差というべきか「隔たり」も。
土田さんは『ヒロシマ / Hiroshima』『砂を数える』という作品から見えるように、社会に投げかけるジャーナリスティックな眼で作品作りをしています。主観が入りつつも、「世界」に対して「世界」を訴える作品を作る作家です。
一方、西野さんは「世界を自分の中に感じるために」撮影をする人です。自分に問いかけて存在を実感していくように思えました。
世界を客観的に見て自分を通して見た世界を他者に見せる土田タイプと、歩くことで世界を通して自分を見るという内包的な西野タイプ。土田さんは西野さんに(いやたぶん若い写真家に)社会に訴えるジャーナリズムを持てという励ましのようなコメントを放ち、西野さんはその域とは違うところで制作しているんです、という暗な言い回しがなんともいえませんでした。
60年代、70年代の写真家は社会の一面を切り取る作品が表に出ますし、新聞紙上でもそのような方向性があったと思います。
80年代以降は、使い捨てカメラでファッショナブルに撮影するカメラマンも多くいました。最近ではスマホがカメラそのものに。撮影する仰々しさや対象物の意識が大きく変わっていき、実はカメラマン自身が時代を映しているのではないかとふっと思いました。(2023年1月28日)

展覧会について

アートドキュメント2022 西野壮平 写真展 Walk With Me
https://sosaku.jp/event/2023/art-document/

2023年1月28日(土)~3月5日(日)
時間 10:00~17:00(最終入場16:30)
会場 金津創作の森美術館 アートコア
休館日 月曜日観覧料一般 600円(400円)、65歳以上・障がい者 300円、高校生以下 無料、障がい者の介護者(当該障がい者1人につき1人)無料

タクシー割
観覧券購入時、当日のタクシーレシート、領収書をご提示ください。観覧料が半額になります。(一般:600円のみ)
1回限り4名様まで割引
あわらぐるっとタクシー(土・日・祝日のみ運行)、あわら乗合タクシー(平日と土曜日運行)も適用となります。
利用証明ができるものを持参ください。
他の割引等との併用はできません。


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この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.