福井県勝山市には、磯崎新(いそざきあらた)さんが設計した住宅が2棟あります。その1棟である中上(なかがみ)邸が公開されると聞いてえちぜん鉄道に乗って行ってきました。
中上邸はコンクリート素材の丸い屋根が特徴的なおうちです。磯崎さんは「立体に球体を取り込めるか。どういう効果をもたらすのか(それが住宅として成り立つか)」と考えていたようで、それを実践したおうちの一つでした。

中に入ると、通称『イソザキホール』と呼ばれる半円状の空間がガツっと大半を占めます。曲面に沿った壁にどうやって絵を掛けるいるのだろうと思ったら「壁に絵を掛ける前提で、あらかじめ掛けるための器具が仕込んで」あったのです。その器具は、はたからみると装飾的で内部の意匠といいましょうか、見ても気づかない邪魔しない構造でした。
1階は、キッチン、リビング、和室と2人暮らしができる程度の広さ。2階は書斎と寝室、そして適度な物置、もちろん物干し場もある間取りで「これは住みやすい!」と肌で感じる空間でした。「建築家の建てた家は住みにくい」という話もしばしば聞きますが、そうした話を払拭する構造です。


ここで、中上さんと磯崎さんとおうちについて説明しましょう。
中上さんは元医師であり、アートコレクターとしても有名な方でした。プライベートについてここでは伏せますが「絵を見て話ができるサロンスペースを大きくとってほしい」「なんなら台所はいらないくらい」という施主さんの奥様のお話が、「仕事を選ぶ磯崎新」の心を動かしたそうです。施主さんは「大野(=勝山市の隣の市)は雪が降るから、木造のいいものじゃなくてコンクリートがいいんじゃないかしら」というくらいだったようですが。
私が訪問した日は特別企画があり、ドキュメンタリー映画『だれも知らない建築のはなし』の上映と、対談『磯崎建築を語る』が勝山市内にある料理店『花月楼(かげつろう)』で行われました。映画監督の石山友美さんが、第14回ベネチアビエンナーレ国際建築展(2014年)の日本館で上映したものを再編集した作品です。

磯崎新、安藤忠雄、伊東豊雄、レム・コールハース、フィリップ・ジョンソン、チャールズ・ジェンクスといった大御所の建築家たちが現代の日本建築を語るという話。インタビュー映画とバブル前後の日本の現代建築家を批評する映画として見てほしい作品です。
映画内では、建築家がいなくても建築できる時代に建築家は社会にどう貢献するのか、その焦燥感を見知る衝撃の発言の数々がつづられました。
建築家はどうやら、コミュニティを作りコミュニティに入り込むという「ファシリテーター」のような役割を求められているようです。かつてあったような圧倒的な建築家や、その存在感は求められていないという今を語っていました。
対談相手の植田実さんは住宅雑誌の編集者として磯崎さん、安藤さん、伊藤さんとも交流があり、映画に出てくる建築家とも交流のある方でした。磯崎住宅の変遷をスライドで話をしていて、解説が分かりやすくもっとお聞きしたかったです。


磯崎さんが手がけたもう一つの住宅である「S邸」が公開されなかったのは残念でしたが、個人住宅であり施主さんの意向もありますから致し方ありません。そう数は多くない磯崎さんの住宅が勝山に2棟あることは、福井県の誇りと考えてもよいと思います。
20世紀の建築史において、磯崎さんが行ってきたことについては世界でも日本でもさまざまな批評や評価があります。建築史に名を残す人である一方、磯崎さん個人の建築哲学の実証と変遷を知るうえで、彼が設計した住宅が2棟も勝山にあることは、後続となる人たちの指標になると強く感じました。
磯崎新作品展 中上コレクションより
2019年9月13日~16日
10:00~19:00 入場無料
中上邸イソザキホール(福井県勝山市元町1-9-45)
水彩、ドローイング、版画など 約30点
中上邸イソザキホールの模型、図面など
イベントは終了しました