「ふだん感じている『当たり前』とは異なる目線を持つ機会に」-『三鷹天命反転住宅』訪問レポート

東京滞在中のホテルで朝、何気なくテレビを見ていたらとんでもなくポップな建物が目に飛び込んできました。それが、東京都三鷹市にある『三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー』です。

岐阜県養老町にある『養老天命反転地』を手掛けた、荒川修作とマドリン・ギンズによる集合住宅。はじめは、「住んでる人もいるし、外からちょっと眺めるくらいでいいか」と考えていたのですが、公式サイトを見てみるとなんと、「テレワークプラン」なるものがあるではないですか。

「ホテルから近い! これは行くしか!」 テレワークプランをすぐさま予約して夏の1日をポップな空間で過ごすとともに、管理・運営している荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所(株式会社コーデノロジスト)のスタッフ・川口さんに作品を解説していただきました。

身体性を呼び覚ますデコボコ斜めの床、足裏にフィットする理由とは…

-滞在先のホテルでテレビを見ていたらこの建物を偶然知ることになって、楽しみにしながらここまで来ました。

ありがとうございます。『三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー』は、2005年に竣工した9世帯からなる普通の集合住宅です。住宅なので、キッチン、シャワールーム、トイレなどがととのっていて、ちゃんと室内で生活できるつくりとなっています。

この家を作った荒川修作とマドリン・ギンズは公私を共にしたパートナーで、荒川が渡米した翌年(1962年)にニューヨークで出合いました。荒川はもともと現代芸術作家であり、彼が手掛けた絵画や彫刻などは世界中の美術館に収蔵されています。マドリン・ギンズももともと詩人だったんです。

-なかなか興味深いプロフィールですね。

出合ってから2人は、鑑賞者が中に入って体験するような作品を多く作るようになりました。絵画のように見る者が視覚を通して鑑賞するというのでなく、三鷹天命反転住宅のように作品の内側に入るような作品ですね。どんどん身体を動かしていくという行為によって作品が成り立つアートワークを手掛けるようになっていったんです。

『養老天命反転地』もそうですが、鑑賞者が身体を動かさざるを得ないという状況をあえて作り出すことによって、人間が本来持っている感覚を呼び起せるんじゃないかと考えて作品作りをしていたんですね。

室内のパノラマ写真を撮ってみました(クリックで拡大表示)

-養老天命反転地もそうですけど、「天命反転」という名前がインパクトありますよね。

そうですね。大げさに聞こえるかもしれないですけど、私たちが普段当たり前だと思っている環境とか与えられているものに対して、「そうじゃないかもしれないよ」という異なる視点を持ってみたらというメッセージが込められているんです。

皆さんが何かしら自分の能力の限界を感じていたとして、ちょっと見方を変えてみると不可能だと思い込んでいたことが可能になっていくんじゃないかと。与えられた天命をひっくり返すことができるんじゃないかというメッセージですね。

-ところで、この場所はもともとどういう土地だったんですか?

そもそもスタッフの1人が三鷹に縁があり、ここに建てられることになったようです。こういう建物が観光地…たとえば那須や軽井沢にあったりするんじゃなくて、普通の住宅地の中に存在しているということを作家自身も大切にしていたそうなんです。すごく特別ではなくて、その辺にある建物というような。

-いやいや特別でしょう(笑)。この建物ができた時の地元の方の驚きぶりを想像したら、かなり奇抜な建物だと思いますよ。

たしかに奇抜かもしれませんね。ただ、完成してから今日まで16年の月日の中で、少しずつ周りのかたがたとコミュニケーションをとりながら成長してきたのかなあと思っています。

-建物の色づかいはポップですけど、周りが木に囲まれているので風景になじんでいる印象を受けました。建物単体で見ると奇抜なんだけど、緑があることで街並みに溶け込んでいる。

三鷹市や(隣接する)調布市は緑が多い街なので、自然と共存しているということでうまくなじんでいるんでしょうね。

-お客さんはたいてい、(中央線の)武蔵境駅からタクシーやバスでいらっしゃいます?

だいたいそうですね。武蔵境だけでなくて、三鷹駅や吉祥寺駅、調布駅からもバスが出ているので、バスでいらっしゃる方が多いです。どの駅からも少しだけ遠いんですけれども、だからこそ落ち着いた感じのある場所なのかなと思います。周りが住宅街ということで「自転車で来ました」という方もいらっしゃいますよ。

いかがですか、この部屋もう慣れましたか?

-はい、もう慣れました(笑)。チェックインで部屋を案内された時には圧倒されましたけど、30分くらいですっかりなじんでいる自分がいたという…

よかったです(笑)。先ほども申したように、この集合住宅は人間の身体が主役に作られている建物です。そうですね…いま立っていらっしゃるデコボコした床、歩かれてどんな感じがしましたか?

-斜めの床に接した時にバランスをとろうとする身体の力がすごく意識化されますね。普段の生活ではあまり感じないですけど、この部屋のように起伏が極端な所に置かれるとそういう身体性をすごく感じて。それが作家さんの狙いだと思うんですけれども。

バランスが崩れそうになると、人間の身体ってバランスをとる力が働くんだなと思いますよね。一般的な住宅だと感じづらいですから。それとこの床のデコボコ、歩いてみると意外と足裏にフィットしますよね。

-そうそうそう。土踏まずにうまくはまる(笑)。

実は凹凸の高さが大小2つあって、それぞれ大人と子どもの土踏まずに合わせて高さを作っているんです。だから、歩き回ってると自然とそこに合わせてしまいたくなる(笑)。

この床を初めて見た時に、「気持ち悪いんじゃないか」と思われる方も多いんですけど、実際に歩いてみて「あれ、そうでもないかも」とか「いけるんじゃない?」みたいなことを言っていただける。それは、高さを綿密に計算して作っているからなんですね。

天井のリングが生み出す、「見慣れた物がいつもと違って見える」仕掛け

では、せっかくお部屋を使っていただいているので、もう一つ紹介したいと思います。天井にたくさんリングが付いていますよね。これはどの部屋にもありまして、住宅の収納器具になっているんです。

-収納器具? どういうことなんですか。

リングの所から物が吊るしてありますよね。天井から吊るして物をしまうという狙いで作られているんです。

これですね、市販のS字フック。これを天井に掛けて、リュックサックを下げていただいたり服を掛けていただいたりとか。

-だからなのか。何かいっぱい不自然に付いてるなと思ったんです(笑)。

吊るす収納をすることで、見慣れた物がいつもと違って見えるんじゃないかと思うんです。インテリアの一種に見えたりもして、部屋の雰囲気が変わるのではと。天井のリングには、「収納するという日常的な動作を通して、物事の捉え方を自分で作っていってほしい」というメッセージが込められているんです。

-天井にくっついているドアも何か意図したものなんですか?

そうなんです。意図したものなんです(笑)。天井面に付けることで、これも収納スペースになってますね。試しに付けてみたら「なかなかいいじゃん」みたいな話になってここに付いています。

-ドアの裏側に間接照明が仕込んであるんですね。

住民の方がこの部屋をイベントで使うことがあって、その際に付けてくださったものなんです。色が変わる仕掛けもありますね。

-へえ、テレワークプランだけじゃなくて、イベントスペースとして使われることもあるんですね。

イベントだけでなく、雑誌やCMの撮影で使われることもありますよ。音楽系の方から「CDのジャケット写真を撮りたい」というご依頼もあったりとか。おかげさまでいろんな方からご依頼をいただいています。いろんな媒体を見ていただくと、「あ、結構使われてるじゃん」みたいに感じていただけると思います。

-大通りに面しているけれども、室内はそんなに音も気にならないですね。

音が気にならないようなつくりにしているので、お客さまには「落ち着きますね」とよく言っていただけます。お仕事、はかどっていますか?

-ええ、はかどってます。落ち着いた空間で1人でもくもくと作業できていますね。人が何人かいればまた雰囲気も違うのかなと思いますけど。

いろんな方がいることで、「じゃあ私はあの部屋で作業してみよう」とか、「こことあそこでコミュニケーションとりながら進めてみよう」とか、そういう使い方も面白いですよね。お仕事されてたけど、「いい意味で全然はかどらなかった」と笑顔で帰られる方もいらっしゃったりして(笑)。

-東京滞在中にテレビで偶然知ることができてよかったです。滞在先のホテルから近かったのもラッキーでした。しかもテレワークプランがあって、予約に空きもあって。

テレワークプランだけでなく、宿泊できるプランもありますし、休日には見学会を行っていたりもするので、ぜひまたおいでください。

-そうですね、ぜひ。アート好きの知り合いを連れて再訪したいと思います。今日は1人でのびのびぜいたくに使わせてもらいました(笑)。

窓から夏の青空が広がっていました

作品情報

三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー
〒181-0015 東京都三鷹市大沢2-2-8
http://www.rdloftsmitaka.com/

三鷹天命反転住宅

Twitter: @tenmeihanten
Instagram: @reversibledestinyloftsmitaka

© 2005 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

テレワークプラン、見学会、宿泊プランなどについての詳細は公式サイトで。

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この記事を書いた人

MORIKAWA Tetsushi(森川徹志)

小学生の頃、親が定期購読していた『暮しの手帖』で雑誌作りの面白さに目覚める。アートに興味を持ったのは、20代の時に関わった情報誌の編集がきっかけ。時代や作家などを問わず幅広く鑑賞するタイプだが、なんとなくの傾向としてデカくて一瞬で「うわっすげえ!」と思える作品が好き。アイドルソングDJ・teckingとしても活動中。

When I was in elementary school, I found it interesting to make a magazine with 'Kurashi no Techo' which my parents subscribed to. I became interested in art when I was an editor in my 20s. I appreciate art works of all ages and artists, but I like large works that surprise me by saying, "Wow, that's amazing!". I am also active as an idol music DJ tecking.