「生と死をポジティブに捉えたい。祈りの象徴になる存在を生み出したかった」ーガラス造形作家・松藤孝一さん

撮影/飛田桂一(トビタフォトグラフィックス)

たまたま大野市まで電車へ行く機会があり、駅を出てすぐ感じたある視線。
ふと見上げると、「ええええ! 赤ちゃん!?」
赤ちゃんが、梁の上から私を見下ろしているではありませんか!
どっしりむっくり構えた赤ちゃん、どうしてそこに、いつからそこに…と疑問だらけのまま、とりあえずスマホで赤ちゃんを撮影して、用事を済ますためその時はあとにしました。

後日どうしても気になって、大野市役所の関係者に「あ、赤ちゃんが…いたんです…」と聞くと
担当者「その子は、松藤孝一さんの作品ですね。2003年に大野市がアーテイスト・イン・レジデンス事業(美術作家が滞在して制作する事業)をしていたのです。その時にいらして、滞在して制作されたんですよ」
私「では、その時から、ずっとそこに?」
担当者「おそらく、そこに」
2003年というからかれこれ18年。18年梁の上に!?
赤ちゃんを知るその担当者の方は「旧内山家にもいますよ」とさらり。

赤ちゃんのこと、制作した松藤孝一さんのことを知りたくなり、取材を申し込みました。
松藤さんは、2019年に大野市内にある古民家を改装したギャラリー・ココノアートプレイスで個展を開いています。特殊な光を当て暗闇で緑色に光るウランガラスを素材にしたインスタレーションを発表しました。

しっかり男の子でしたです。撮影/飛田桂一(トビタフォトグラフィックス)

―2003年に大野市に来られたそうですね。ずいぶん昔の話になりますが、アーテイスト・イン・レジデンスでの制作についてお話いただけますか?

当時、私は名古屋で作家活動をしていました。
ガラス作家の辻和美さんから誘いをいただいてレジデンスに参加することになりました。一軒家を借りて滞在しながら制作する事業で、一カ月くらいいましたよ。自然が好きな私にとっては大野市の印象が良すぎます。今でも蛍や蝶を追いかけて訪ねる場所で、第二の故郷とも言えます。

―「赤ちゃん」というモチーフにたどり着くには、松藤さんのこれまでのことを知りたいです。赤ちゃんを生み出した背景は?

私が生まれ育った環境にあるかもしれません。私は長崎で生まれ、佐賀で育ちました。原爆投下の名残が強く残る時代です。長崎では、都市の中にお墓が点在し、なにかにつけ原爆の話を聞くことが多かった。原爆で家族を亡くし、ほかの家族へ引き取られたという知人もいます。「家族と原爆」とつながりがいつの間にか私の中に沈んだままあったように思います。

―幼いころから生死を意識せざるを得ないところで育ったのですね。ではガラスを素材に選ばれたのは? 長崎もガラス工芸が盛んな印象ですが。

いえ長崎由来ではなく。画家を目指し愛知教育大学へ進学しました。ガラスとの出会いは大学に入ってからです。それまでガラスを素材に作品を作ること、そもそもガラスを扱えることを知らなくて、絵筆とは違う驚きと新鮮さがありました。
炉の中では赤々としているのに、冷めると透明になる。人工的な素材が、光を内側に湛え生命力を持つ、なんとも魅力的でした。ガラスの赤ちゃんは生命を帯びた象徴的な存在です。

大野市・武家屋敷旧内山家のある場所にいる、もうひとりの赤ちゃん。撮影/飛田桂一(トビタフォトグラフィックス)

―アーテイスト・イン・レジデンスレジデンスの赤ちゃんは、どのような気持ちでうみましたか?

祈りのための赤ちゃん、祈られる赤ちゃん、人が祈りをささげる仏様のような存在でもあります。実際にそのように感じた個人の方から制作依頼を受けたこともあります。

先も申した通り、死に対する思いが強く、以前は死を連想させる作品を作っていました。ただ父親の急死をきっかけに誕生のイメージである赤ちゃんをモチーフにしました。

―お父様の急死をきっかけに、なぜ対局である生をそこまで意識されたのでしょうか?

自分自身がポジティブに、前向きに生きたいと思ったので、制作の中でも死ということよりも、生に向かうことになったと思います。

赤ちゃんをモチーフにした作品は、大野に来る前から作っていましたが、今の自分らしい赤ちゃん像は大野で生まれました。その前は医療用の一般的な赤ちゃんをモチーフにしていました。

写真:松藤孝一さん提供

―あの設置場所を選ばれたのはなぜですか?

駅にある赤ちゃんが鎮座しているところは光が当たらない場所です。ひょっとするとゴーストにも見られるかも。ふと見たときに気づく、その存在がいいと思える場所なので梁の上を選びました。

―赤ちゃんの表情が、実は赤ちゃんではないような…

顔が大人びていますよね(笑)。

―何か盃のようなものを持っていますが?

持っているのは水の盃です。水の玉なんです。大野滞在時に私が感じたのは豊富な水と、そこに生きる人たちの姿。大野市は山に囲まれたみずたまりのようなイメージかな。

光水球子像 作者/松藤孝一 素材/ガラス・光学付着 サイズ/37×31×23cm(高さ×幅×奥行き) 制作年/2003年 協力/(株)エツミ光学  撮影/飛田桂一(トビタフォトグラフィックス)

―生死をテーマに扱うことを避けていたこともあるそうですね?

実は、初めは死体をイメージする作品を作っていました。赤ちゃんの作品も1990年代終わり話題となったクローンや羊のドリーといった当時の社会問題を意識して、赤ちゃんをモチーフに使ったのが始まりです。そしてその後、大野で自分らしい赤ちゃん像になっていきました。

生死を扱うことを避けていた、という意味についてですが、家族や親戚のことがあまりにも身近だったので、原爆を意識する作品、またその生や死を扱うことを避けていた、という意味を含んでいます。

―現在のウランガラスの作品は、生死を色濃く感じられます。

2011年の東日本大震災を経験して、死をモチーフにする抵抗がなくなりました。自分でないとできないことはなにか、風化させない表現はなにか、生きる意味とは何か…。2011年の福島の原発事故以降、私は「避けるのではなく、そのことにも向き合おう」とウランガラスの作品を始めました。 

―ココノアートプレイスでの作品は蔵の中で光るインスタレーションでした。赤ちゃんとは一転、幻想的で美しさはあるものの不穏な雰囲気も感じ取れました。

私たちは文明の中に生きています。文明は明るく、知らず知らずにのめりこんでいく楽しさがあります。しかし、きれいなところにいすぎると、居心地がよくて抜け出せなくなる。ウランガラスに紫外線を当てるときれいな蛍光を発します。ほんの1パーセント未満のウランが美しさを発出しています。一方でウランのエネルギーは軍事利用もされたし、原理力発電にも使われています。危険とは、美しさとは、光の融和とは何かを表現していきたいのです。

―ウランガラスを使った作品とその意図についてもっと伺いたいです。改めて詳しくお話をきかせてください。ありがとうございました。


〈撮影うらばなし〉
悩んだのは撮影。なにしろ梁の上、結構な高さにいる赤ちゃんなのです。
下から見上げると全体像が見えない、でも私はそばに迫りたい……! 叶えてくれる飛田カメラマンに依頼しました。彼が18年ぶりに赤ちゃんに一番近くて向き合った人ではないでしょうか。「しっとりしている…」というつぶやき、その言葉を掲載に使わせてもらいました。長い脚立を持ってきてくれて、ほこりまみれの赤ちゃんをそっときれいにしてくれてありがとうございました。飛田桂一(トビタフォトグラフィックス)

18年ぶりに赤ちゃんに一番近づいた人。

プロフィール

松藤 孝一(まつふじ・こういち)Matsufuji Kouichi

1973年長崎で生まれ、高校まで佐賀で育つ。1995年愛知教育大学卒業後、財団法人ポーラ美術振興財団の在外研修助成により渡米。2001年イリノイ州立大学美術学部修士課程を修了。「第23回岡本太郎現代芸術賞」入選。現在、富山を拠点に活動。

http://www.koichimatsufuji.com/

経歴

[プロフィール]
1973  長崎で生まれ、高校まで佐賀で育つ。
1995  愛知教育大学卒業後、財団法人ポーラ美術振興財団の在外研修助成により渡米。
2001  イリノイ州立大学美術学部修士課程を修了。
現在   富山と名古屋を拠点に活動。

[近年の主な展覧会]
2017  「空間造形2017 美の時空を拓く」(アートハウスおやべ:富山)
2018   個展(DiEGO:東京)
    「LYRICAL TRANSFORMATIONS」(LEVANT ART:上海)
2019  「The Spirit of Toyama Glass」(ジャパン・クリエイティブ・センター:シンガポール)
    個展(ギャラリーO2:石川)
    「ビエンナーレTOYAMA」(富山県美術館TADギャラリー:富山)
    「ガラスのある風景」(大一美術館:愛知)
    個展(COCONOアートプレイスギャラリー:福井)
2020  「第23回岡本太郎現代芸術賞」(川崎市岡本太郎美術館:神奈川)

[受賞歴]
1998  財団法人ポーラ美術振興財団 在外研修助成(東京)
2000  ロックフォード美術館 ディラン・アラン・オルソン買上賞(アメリカ)
2006  財団法人野村国際文化財団 芸術文化助成(東京)
2007  エベルトフト・ガラス美術館 ホルメガード賞(デンマーク)
2017  公益財団法人静岡県文化財団 グランシップ賞(静岡)
2018  アートフェア富山 ユニゾーン賞(富山)

本インタビューは、月刊fu「或る場所のアート」のはみだし版です。本誌も読んでね☆ 

月刊fu(ふ~ぽ)
https://fupo.jp/article/?category=culture

2021年9月号の掲載です。

この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.