「話を聞きたい」と感じてもらえるような人でありたい-フォトグラファー ホールデン.さん

2022年秋、ある写真展が福井県越前市で行われました。タイトルは『いまだてポートレート』。福井県福井市在住のフォトグラファー「ホールデン.(holeden.)」さんが、越前和紙の産地である同市今立地区を舞台にした作品を展示する写真展です。

並んでいたのはどれも私の琴線をくすぐるものばかり。ロケ地選定の選択眼、そこにたたずむ人へのまなざし…作品とそこににじむ人柄に一目ぼれしてしまい、帰宅後、会場で受け取ったフライヤーを手がかりに、ホールデン.さんにコンタクトをとっていたのでした。

会場で一目ぼれした作品群はいったいどのようにつくられたのか。写真というメディアに向き合うホールデン.さんの思いを尋ねようと、福井市内のファミレスでたっぷりと話を伺ってきました。

(ご本人の希望で、作品写真とテキストでの構成です)

-私にとってホールデン.さんとの出合いは『いまだてポートレート』が初めてだったのですが、今立ではあれが初個展でした?

その前年(2021年)の4月にも今立でやっています。個展はその時が初めてで。市内の花筐(かきょう)公園で桜まつりをやっていた時期で、今立で撮影した作品を集めて『いまだてポートレート』というタイトルで開催しました。今立に住んでいる友人が、「今立の風景写真は見たことあるけど、今立で撮ったポートレートは見たことないから見たい」と誘ってくれて。

撮影場所の一つに島会館という建物があったんです。もともと図書館として使われていた建物で、すごく雰囲気が良くて。それで、「展示もここでできたらいいね」みたいな話をしてたら、管理をされている方が近くに住んでいて、「営利目的でなければ問題ないですよ」と。そんな経緯があって、記念すべき第1回を島会館で開きました。

-最初の個展から良すぎですね。会場が。

(笑)。場所も良かったんですけど、桜まつりも手伝って、3日間だけでしたが来場者が200人超えしたんですよ。

初個展で「ホールデン.って誰やねん」って感じだったんですけど、『いまだてポートレート』というタイトルが良かったのかなと。シンプルに今立の人が注目してくださるし、桜まつりの時期でもあったしで。

その時は、その後も個展を続けることになるとは思ってなかったんですけど、いまだて芸術館の職員さんが島会館に来てくださって、「うちでもどうですか」と。

それで、いまだて芸術館で個展を開いたら、今度は「私の青春は今立にある!」というカフェのオーナーさんが「うちでもやりますか?」って誘ってくださって、さらに広がっていって今に至るという感じですね。

-自身の表現手段として写真を始めたのはいつごろのことなんでしょう?

ちょっとさかのぼって、仕事として写真の撮影を始めたのが2011年ですね。東京から福井に帰ってきて2年くらいテレビ番組制作の仕事をしていて、そこからスチールに転身して。私、もともと撮る方でなくて、自主映画や商業映画に出る側だったんですよ。

テレビの仕事をする前はそれこそ出る方だったので、スチールをきっちりやってたわけでもなかった。生業はV(動画)なんで、Vの合間にスチールをやるみたいな感じでしたね。

だけど、絵も好きだったんで、「スチールもいいな」って思ってスチールに重きを置いてしまってここまで来たと。

-撮り始めた頃は何を撮ることが多かったですか?

そんなに考えてなかったかな…うーん、風景ですかね。登山が趣味だったから、登山のお伴にカメラを持っていったりとか。

あと、競馬に行ったら競馬の馬を撮るとか(笑)。スナップ写真的な感じで。馬を撮りに行くんじゃなくて、馬券を買いに行くついでに写真を撮るみたいなね。そういう話をしだしたらカッコ悪すぎてどうしよう(笑)。

-そこからポートレートに軸足を移したのは、やはり友人の影響で?

そうですね。初個展の前の年(2020年)、コロナ禍になって撮影時間がいっぱいできたところに、その友人が「みんななかなか遊びに行けないし、写真展みたいなのをやりたい」って声をかけてくれて。不思議なタイミングですよね。

友人は私が写真撮ってるのを知ってたから、「今立をどういうふうに切り取るんだろう?」っていう個人的な楽しみで言っただけなんでしょうけど、今立、撮り始めるといい所なんですよ。福井市内からだと戸口(とのくち)トンネル経由で30分くらいでしょう。意外と近いから行きやすい。

-友人の誘いが作風を転換するスイッチになった。

コロナ禍でみんな外に出られなくなったところで、風景写真じゃない地元の景色を見たかたから、「旅に行った感じになる」とか「気持ちが晴れる」みたいなことを言われたので、ちょっとは人のためになれたのかなと思ってます。

今立で紙すきをやっている人からの感想が忘れられないですね。「工場の仕事は体が冷えきるけど、桜の写真を見ると春を待つ気持ちになる」みたいなことを言われて。初個展を開くまでは、どんな感想が寄せられるか分からないわけじゃないですか。だからこそ、そういう感想ってすごくうれしくて。

-たしかに、「今立を撮ってみない?」って言われて撮っている当初って、目標みたいなものが見えづらいですよね。

そう。その後、撮った作品をコンテストに出すような展開にもなるんですけど、その時は応募のことなんてまったく考えてない。ただ、「こういうシーンを残したい」という思いはたぶんあったかな。

モデルさんと一緒に撮影に行って、いい光とあいまった時とか、風が気持ちいい時とか、昔見たドラマ、映画、絵なんかに近い「あ」っていう気持ちになる時とか、そういう瞬間は切り取りたくなりますね。

-映像制作の仕事をしていたときの経験が今の作品づくりに生きていることってあったりします? 例えば電車の中で撮った作品って、低いカメラアングルで「小津カット」みたいな感じで撮ってるじゃないですか。

そういえば、作品を見てくれたアニメーション監督にもそんなことを言われました。「そんな切り取り方があったか」みたいなね。私本人としては、そうとしか見えてないからよくわかんないんだけど(笑)。

映像制作の経験のことを強いて言うなら、北野武さんの影響は受けてるかな。好きな映画監督はいっぱいいるけど、特に北野さん。本番って言っていない時にカメラ回していて、その時の役者さんたちの自然な感じをそのまま採用するとか。

若い人が電車の作品(注:運転台越しの車窓を撮った作品)を見て、「細田守さんみたい」って言ってくれたりもしましたね。恐れ多いんですけど。細田さんの作品を真似てるわけじゃなく、好きな絵を撮っていたら後になって「似てる」って言われて、「ああそうなんだ」って(笑)。

-いまだて芸術館の客席で撮った作品もありました。

コロナ禍で公演とかいっぱい中止になっちゃったじゃないですか。お客さんのいない客席でダンサーさんに跳んでもらって、空っぽの客席との対比を1枚で表現しようと思ったのがあの作品です。

そうしたらいろんなかたが面白がってくださって、別の視点から評価されるとどうなるかなと思って。2022年の話ですけど、公募展(注:公益財団法人国際文化カレッジ主催の『総合写真展』)に応募してみたら上位の賞に入って、東京都美術館に飾られたのはうれしかったですね。ちょうど岡本太郎展をやっているときで。

-今立じゃない場所で撮った作品も発表されてますよね。坂井市三国町で撮ったこの作品は「このまま観光ポスターになるのでは?」とも感じました。

ウエディングドレス姿なのに1人しかいない(笑)。種明かししちゃうと、本職のモデルさんではないので人がいる所を避けたんですよね。撮られる側の気持ちに立ってというか。

撮った後、「また撮ってください」ってすごく喜んでくれて。結婚式の写真じゃないし、本人が正面きって出ているわけでないのに、こういう作品を見て「また撮ってほしい」って言ってくれるのはうれしいですよね。本人だけでなくて親御さんも喜んでくれて。

-さっきの映画の話とも関わってくるんですけど、被写体に対して「フレームの中のここに来て」みたいな感じで指示は出すんですか。

位置とか顔の向きを指示して、あとはちょっと動いてもらってというような感じで進めますね。

フレームの中にいる人物の心情的なことは撮る前に言うんですけど、それが伝わりづらい場合は、「遠くを見てみてください」とか「めいっぱい笑顔じゃなくてもいいですよ」って声をかけながらで。

-「心情的なこと」というのは、何か仮想の脚本があってそれを基に演技指導するみたいな?

そうそうそう。本当にいろいろと演技指導する感じで。この前、(坂井市の)東尋坊で撮った写真があるんですけど、その時は「秘密の1泊2日の旅」みたいな設定を伝えました。「不倫旅行みたいな感じ」って伝えると、表情もなんかそれなりになるんだな(笑)。

映画もそうだと思うけど、いい風景のところに行くとその場にいるときの心情になったりもしますよね。例えば、イチョウが舞っているようなところに行ったら、秋を感じているような表情になる。撮られる側も風情を感じるんでしょうね。

写真のアシスタントについていたわけじゃないから、現場での指示の仕方って今も試行錯誤なんですけど、自主映画や商業映画の現場経験は生きているのかなと思います。

-被写体となるモデルが、撮る側の意図もくみつつ、かつ動きやすくなるような指示をするというか。

そうそうそう。直接は関係ないかもしれない話なんですけど、市川崑さんの『八つ墓村』の撮影エピソードでこんなのがあったそうなんです。

鍾乳洞のシーンだったかな、腕利きの人たちが美術に関わっているからすごいのを再現するんですよね。でも、監督は「これダメだ」って言うんですって。「役者が走ったり歩いたりする所までリアルにしちゃダメだ」と。けがをしたら台無しだから、役者さんファーストで考えなきゃだめだと。

撮影するに当たって、演じる人の気持ちになってものを考えるのは大事だと思うんです。相手が嫌な気持ちになることをあんまりやっちゃだめだというか。プロでないモデルさんが「自然な感じに」って言われても、自然な感じになれないのはそりゃそうだろうと。

なので、「ポートレート」とうたっているのに、「意外とポートレートっぽくないよね」とも言われたりするんです。「風景とマッチしていていい」っていう感想があったりもするのは、そうした心がけで撮影しているからなのかなとも思ったりするんですよね。

-プロのモデルではないかた、言い換えると「撮られ慣れていない人」が被写体だと、撮るときにかなりの長期戦になったりしません?

どれぐらいの時間を長期戦というのかは分からないですけど、つらくないような感じの撮影を目指してはいます。でも、意外とシャッターチャンスって訪れるものなんですよ。

ナチュラルな瞬間って本人は意識してないものなんですけど、「こっち向いて」って投げかけて反応する瞬間に、なんか心情が1回飛ぶというか…言われたとおりに向くみたいな瞬間を切り取ると意外と自然な表情になる。

特にこの作品がそうですね。「ちょっと、こっち向いて」みたいに投げかけて向いた瞬間を撮った。そういう撮り方がいいのかどうかは分かんないんだけど、受け取る側がいいって言ってくれてるのでそれでいいのかなと。

まあ、そういう撮り方をしているというのを明かしていいのかという問題もありますけどね(笑)。

ステートメントにも書いたことがあるんですけど、フレームに人を配置する時点でフィクションなんだけど、切り取る瞬間はノンフィクションでもあったりする。そして、私の中ではそれが情景に見えている。だから、見る人もそれぞれの情景を感じてもらえたらいいかなと。

-ちょっとマニアックな話になるかもしれないですけど、機材の話を少し伺ってもいいですか?

キヤノンと富士フイルムの機材を使ってますね。キヤノンはフルサイズの『EOS-1D X』というちょっと古めの機材で、富士フイルムはこれまたちょっと古いですけど、『X-H1』と『X-T2』ですね。

レンズはというと…1D Xは35mmの単焦点と70mm~200mmのズーム。富士フイルムの方は32mmの単焦点、10mm~24mmの広角、18mm~55mm、50mm~140mmあたりですね。

-RAWデータを現像する時のこだわりポイントみたいなものってあります? トーンの決め方とか。

絵画でいうと印象派のトーンに近いですかね。ルノワールのような。現像の時にコントラストを浅くしてふわっとさせてるんじゃなくて、光の自然なコントラストをそのまま生かす。森川さんが気に入ってくれてる電車の中の写真もふわっとはしてるけど、コントラストはあるんですよね。

-それにしてもホールデン.さん、20代の頃の自分が20年後に写真撮って個展やって…みたいなことって想像してました?

まったく思ってなかったですね。だから今でも不思議ですよ。さっき印象派の話を出したように、絵の展覧会はちょくちょく見に行っていたけど、写真展はそこまで足を運んでいなかったですし。

まあ、それでもやりたいことやってきたなと思っていて、やってきたら知り合いが増えてきて。だから面白い。もっといっぱいやりたいことはあります。

「話を聞きたい」と感じてもらえるような人でありたいなという思いがあるんですよ。写真展をやると若い人たちから作品のテーマや背景を聞かれたりするから、それってすごくうれしいなと思っていて。

-話してくれそうなオーラ出してるんですかね。

そうそうそう、それ言われたことありましたね。「あれ、カメラマンのイメージが変わりました。もっと難しそうな人だと思ってたんですけど」みたいな。気難しい雰囲気をつくるようなこともできないからだろうけど(笑)。

-そういうところが、人の縁がつながっていく理由だったりしそうです。

そうかもしれないですよね。自分のやりたい気持ちに対して周りの人たちが応援してくれるんでうれしいです。不思議なもんで、ギャラリーとか、写真を展示してもらえるような所を探しに行くと、そこで展示してる人と知り合って、そこから話が広がったりするから、やっぱり動くことが一番ですよね。

プロフィール

ほーるでん

福井県福井市出身。
東京で映画や舞台を中心に俳優活動をする傍ら、映像制作に携わる。帰郷後、報道や番組のカメラマンを経験し、それ以外の作品を撮ることに惹かれ、風景と人を撮り始める。2021年より「holeden.」という写真家名で個展などの活動をスタートする。

展覧会情報

個展『scene』
2023年8月1日(火)~31日(木)
火~金:11時~18時 土・日:7時~18時 ※最終日は16時まで
休日:月曜、第2・4火曜、8月11日~14日

セブンアーツカフェ
〒231-0055 神奈川県横浜市中区末吉町1-3 小此木第2ビル 1F
https://www.7artscafe.co.jp/

7artscafe ~セブンアーツカフェ~ 日ノ出町
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この記事を書いた人

MORIKAWA Tetsushi(森川徹志)

小学生の頃、親が定期購読していた『暮しの手帖』で雑誌作りの面白さに目覚める。アートに興味を持ったのは、20代の時に関わった情報誌の編集がきっかけ。時代や作家などを問わず幅広く鑑賞するタイプだが、なんとなくの傾向としてデカくて一瞬で「うわっすげえ!」と思える作品が好き。アイドルソングDJ・teckingとしても活動中。

When I was in elementary school, I found it interesting to make a magazine with 'Kurashi no Techo' which my parents subscribed to. I became interested in art when I was an editor in my 20s. I appreciate art works of all ages and artists, but I like large works that surprise me by saying, "Wow, that's amazing!". I am also active as an idol music DJ tecking.