人づてに「城町アネックスさんにいい絵が入ったらしいよ」と聞き、さっそく連絡をしました。城町アネックスは福井県庁近く、お堀のそばに立つ地元福井のホテル。取材当日、さわやかな印象でさっそうと登場した新海康介社長に、「絵とホテルとの関係」について伺いました。
-客室に絵を飾るようになったのはいつ頃からですか?
父親である先代の頃から飾っていました。先代はデパートの外商から購入していたようです。私が社長に就いて10年になりますが、その後もちょこちょこと私が絵を購入して掛け替えています。
-「絵を購入する」という行動は、簡単にできそうで意外とできないことだと思います。絵の購入に至った新海さんの気持ちの芽生えについて教えてください。
若い頃、私は大阪の洋食店で修業をしていました。修業を終えて福井へ戻る時、マスターから1枚の版画をプレゼントされたんです。徳力富吉郎(とくりき・とみきちろう)の描いた絵で、大阪の街の様子を題材にした版画でした。修業していた店の店内に飾られていて、いつも見ていた作品。私の心の支えでもあったと言えるでしょう。プレゼントにうれしさを感じた反面、マスターが大事にしていた絵を頂けることに重みを感じました。
-新海さんへの「しっかりやれよ」という気持ちを絵に託したのでしょうね。餞別に絵を贈ることも粋です。
頂いたことをきっかけに、絵を保有する感覚というか面白さを知り、小さい版画を購入するようになりました。徳力さんの絵はホテル併設のレストラン『二の丸グリル』にあるので見に来てください。畦地梅太郎(あぜち・うめたろう)の絵も好きで購入を続けています。
-レストランには大小いろいろな作品が掛かっていますね。客室には、イラストレーター・山口一郎さんの絵もあると聞きました。彼の絵との出会いを教えてくれますか?
『暮しの手帖』という雑誌に、山口さんの絵というかイラストが掲載されていたんです。たしかカレンダーだったかな。その絵を一目見て「欲しい!」と思って。ネットで検索したらIDÉEのオンラインショップで販売されていたので、思い切ってまとめ買いしました。
-ひと目ぼれでまとめ買い! やってみたいです、そのような買い方(笑)。しかし、そんなにたくさんの絵をどうしようと?
「客室に飾りたい」という一心ですね。「これは絶対うちの客室に似合う! 飾ったらすごくすてきだろう」と直感的に思ったんです。山口さんの絵を見た瞬間に当ホテルを利用されるお客さまの顔が浮かび、「お客さまは山口さんの絵に好感を持ってくれるだろう」と。ちょうど8部屋を改装するところだったので、新しい絵を飾りました。
-宿泊されるお客さまの好みを知り、つかんでいるのですね。
当ホテルの雰囲気が好きと言ってくれるお客さまの顔が思い浮かびますし、好みも共通しているのではないかと勝手に想像しています。
-「ホテルに絵を飾る」ことについての、新海さんの考え方を教えてください。
当ホテルは長期滞在のご利用も多いんです。月曜から木曜まで連泊する方もいます。長く宿泊されるのであれば、もっと快適にしてさしあげたいと思いました。絵や調度品はその一つとして有効だと思います。
山口一郎さんの絵といっても種類がいろいろあるので、誰が見ても「いいな」と思われるような作品を選びました。かわいい、かっこいい、嫌味にならないものですね。客室の絵は、「お客さまが夜、一緒に過ごす作品」なんですよ。だから昼よりも夜の雰囲気に似合う絵がいい。そして、「この絵と過ごしたい」と思われる絵であること。寝る時に見て少しでも安らぎ、眠りにつけるというのが重要なポイントです。
-宿泊されたお客さまの声は聞かれましたか?
何年かぶりに来られた方から「絵が変わったね」と声を掛けられました。中には山口一郎さんの絵だと知っている方もいます。一つの変化でもお客さまから声を掛けられるとうれしいですね。
-それはきっと新海さんのお人柄でしょう。お客さまからの方から社長に一声掛けたくなるようなホテルづくりをされていることの表れだと思います。
-福井城址のお堀のすぐそばにホテルがあり、職場でも住まいでもあるホテルで育ち働く新海さんにとって、このエリアがどのようにあってほしいと考えていますか?
このエリアに住んで、アトリエ活動をしてくれる作家さんがいるとうれしいです。住んで、描いて、飾って、売れて、そういうサイクルが見えるようにしたい。日常的に絵が生まれ、ホテルやレストランなど人が暮らすストリートに出てくるという感じ、いいと思いませんか? 作家さんが作った何かをレストランで物販するのもいいなという妄想もしています。本当は地元の作家さんの活動支援をして、その絵を飾れたらと思っているんです。でもなかなか知り合うツテがないもので。
-絵を見て購入する審美眼を持つ新海さんの目に留まるかどうか、ハードルがありそうですね(笑)。お話ありがとうございました。
撮影うらばなし
今回の撮影は福井在住のフォトグラファー・川副景介さんに依頼しました。撮影中、「そういえばここは…」と思い出話をする川副さん。20代、30代の頃、東京と福井を往復して撮影の仕事をしていた時、勤めていた制作会社がこのホテルの近くで、「泊まるならここに」と指定されていたそうです。いつもお堀側の部屋を用意してくれていて、夕飯は当時あった『レストラン樹』で食べていたとか。もしかしたら今回、川副さんが若い頃に宿泊していた部屋を撮影していたかもしれません。邂逅ともいえそうな撮影となりました。
窓から見える景色は合成ではありません。客室から見えるそのままの景色です。川副さんに、外の風景に焦点を当てつつも室内の絵が際立つような現像をお願いしました。借景のある部屋という印象です。(上記どちらも川副景介氏の撮影)
雨の雰囲気もおすすめ。405号室 モナ・ヨハンソン『KVARTER』。モナ・ヨハンソンの絵について、「都市でも田舎でもどちらでもない雰囲気があって好きなんです。なんか福井っぽくないですか?」と新海さんは話します。
昼よりも夜が似合う絵と室内は、ぜひお泊りになって味わってください。
新開社長の仕事のへの思いは、こちらのサイトで公開。経営者の一面を伝える記事です。
ふくいで働く人のしごと道
https://makef.jp/find/shigotomichi/annex/
或る場所
城町アネックス(しろまち・あねっくす)
〒910-0005 福井県福井市大手2-18-1
TEL 0776-23-2003
https://shiromachi-anx.com
山口一郎
http://www.yamaguchi-ichiro.com/
本インタビューは、月刊fu「或る場所のアート」(福井新聞社発行)のはみだし版です。本誌も読んでね☆