10代で美的感覚を養いたいなら、美術作品を常に目にすること-福井県立鯖江高等学校「ギャラリー王山」

福井県立鯖江高等学校(福井県鯖江市)の生徒玄関を入った奥に広がる大きな空間。高い吹き抜けと中庭へ続く空間にいくつかの作品が飾られていて、思索的な場になっていました。ここは1998年6月にオープンし『ギャラリー王山』と名付けられた場所です。「そもそも、なんでここにこの作家作品があるのだろう?」と思った私は、当時芸術科書道教諭として赴任し、創設にかかわった山本廣先生に取材を申し込みました。

撮影/上田順子

-ギャラリー設立には、山本先生が尽力されたと聞きました

私が、というより、当時校長だった佐々木英次先生の功績です。ギャラリー王山の場所は、もともと多目的ホールで生徒たちの団らんに使われる場だったんです。雨天時には運動部の練習場にもなっていました。
そこで佐々木先生が「運動部ばかりの場になってはいけない、文化部の新しいスペースづくりができないか」と考えられたのが発端です。

右側の丸いキャンバス作品(左奥)『無題』朝比奈逸人 1988年 H110.0×W93.5cm 素材/パネル、油彩 
(右)『無題』朝比奈逸人 1990~1995年 H212.0×W203.0cm 素材/パネル、油彩 撮影/上田順子

-「ギャラリーにしよう」「絵を購入しよう」という案は、周囲からそうそう理解を得られないようにも思えますが、実際はどうだったのですか?

そりゃあ、もう何度も何度も職員会議で協議しましたよ。同窓会の強い支援もあって行う計画でしたからOBやOGにも理解を得なければなりません。当時の齋藤同窓会会長も学校のアートギャラリー化計画に深い理解を示してくださって実現しました。

-アートギャラリー化計画とは? どのように賛同を得られたのですか?

ギャラリー化の狙いは、学校教育の中でもっと身近に芸術作品を鑑賞する場を作ることでした。生徒たちは美術館ではなく毛学校で現代美術作品を目にすることができます。今までにない同時代の美術と言われるちょっと変わった作品、新しい作品に触れることで、きっと何かしら思わぬ影響を受ける事ができると思います。その美的感覚の育成の一助になることを確信し、計画が認められました。

『沈黙の風景』土屋公雄 1996年 H200.0×W600.0×D12.0cm 素材/灰、鉄、ガラス 撮影/上田順子

-作家の選出はどのように決められたのですか?

まずは「現代の美意識や理念を表現した作品」をコンセプトとしました。「前衛的で現代性を持ったもの」「40代前後の若手作家」「有名な大家ではなく、今活躍していてこの時代を作ろうとする作家」という方針でした。観るのは生徒たちです。生徒が見て「なんだこれは!」「なぜここに?」と作品に驚き、疑問に思い、気付いてもらえるようにしたかったのです。

-確かに、有名作家では作品の良し悪しを知る前に先入観が入ってしまいます。通常は「有名作家」や「福井県ゆかりの」という選定基準を設けられそうですが、そうではなく一定のコンセプトに沿って選出されたのですね。時を経て、選出された美術作家が世界の美術館やギャラリーで活躍しているのを見ると、関わった方の先見の明を感じます。

『きざむこと』林武史 1994年 H198.0×W808.0×D150.0cm 素材/御影石 
ベランダから中庭をのぞく高校生の姿がまぶしい。撮影/上田順子

-中庭の林武史さんの作品については?

ギャラリー化計画が持ち上がるきっかけになった作品です。鯖江高校の前身は鯖江高等女学校でした。林武史の作品は女学校跡のモニュメントとして同窓会から寄贈されたものです。福井市にあった「ギャラリーアートサイト」で林武史の個展があり、その表現がモニュメントしてふさわしく設置にいたりました。

-これらの作品の購入はどこから?

作家個人からもありますが、大半は現代美術作品を扱い、信頼のおけるギャラリーからです〈ギャラリー・ヤマグチ(大阪府)、ギャルリーMMG(東京都)、ウナックトウキョウ(東京都)、いづみ画廊(福井県)、アートサイト(福井県)〉※現在閉廊ギャラリーもあり

書の作品を展示したのは、美術としての書を生徒たちに認識してほしかったからです。文字を書いて読めることが書だと思い込んでいる人たちがおおいのですが、戦後の書は読むことから見ることに移り、大きく変容しました。石川九楊、井上有一の2作品はご覧になるとそのことがよく分かると思います。
佐々木校長は小野忠弘作品のコレクターで退職後に作品を寄贈してくださいました。

-あの作品は、佐々木先生の寄贈だったのですね。相当なお宝作品が飾ってありますね。

左奥は山本廣先生の書の作品。撮影/上田順子

-オープン後は相当な反響があったと聞きました。

福井新聞をはじめとした地元新聞社やテレビ局、日経、朝日、毎日など県外の新聞社、雑誌社も取材に来ました。噂を聞いた愛好家やコレクターが観覧に見えるなど、知る人ぞ知る学校になっています。

-作品は「ギャラリー王山」という空間だけではなく、校内のいたるところに設置されているのですね。

ピンク色で作られた四角い綿布(コットンピース)を教室などいろんな場所に貼りました(アンドレアス・カール・シュルツ「鯖江高校のための85のピンク・スクエア1998年」)。今も残っていますよ。

鯖江高校は坂道を上がったところにある学校なのですが、その坂道にも作品が設置されています。今の生徒さんはきっと分からないかもしれないですね。石を埋めて上からスライスした作品です(ミハ・ウルマン「ストーン・ゲート」1998年)。もう一つは(福井市在住の)岩本宇司さんの作品で、鉄の作品です。高校に入るまでの坂道の脇が崖のような感じになっていて危険なところだったので、手すりや安全ブロックとは違うもので作品を置こうと決めたと思います。

-岩本さんの作品には、そういった意図も込められていたのですね。味気ない舗装をされるより、よっぽど素敵。坂道の入り口に少し異質でなんでこれがここにあるんだろう、と思われる存在感を放ってます。

お話を終えて

もともと林武史さんの作品を記念碑として中庭に設置したことから始まったアートギャラリー計画。銅像や石碑より石の作品を残すなんて粋な考え方です。吹き抜けの2階部分に飾られている作品は、下から見上げるとそうでもないですが、なかなかの大きさです。

私は20年前にギャラリー王山の取材をしていたのですが、その時は校内に飾られた作品について知りませんでした。記念図録を見せてもらってびっくり。今では国内外の大きな展覧会で見かける著名な美術作家ばかり。その作家たちの若い頃の作品が校内の事務室や会議室にさらっと置かれていました。今回は校内の作品を紹介できませんでしたが、写真家土田ヒロミ『HIROSHIMAコレクション』、井上有一の書『魚行水濁』1984年、抽象絵画作家ピエール・スーラージュのリトグラフ『リトグラフィNo.1』1957年、記念誌の寄稿は中沢新一…と挙げればきりがありません。

「学校や同窓会の予算を美術作品に費やすなんて」という批判もきっとあったことでしょう。プロジェクトの進行に苦労があったことも想像できます。当時尽力してくださった方々のおかげで鯖江高校でしか見られない作品がそろい、今では「ここでしか見られない」宝になりました。

設置について聞くと、実際に作家が高校へ来て校内を見て回って指定場所に作品を飾ったり、大きなクレーン車を引き連れて石に石を乗せたりしたそうです。当時、鯖江高校の生徒だった男性は「クレーン車やら機械やらが来て驚いたことを覚えている」と話してくれました。作品は少しずつ増えているようで、いつかここで鯖江高校作品巡りツアーをしたいです。

撮影は、この学校の卒業である上田順子さんにお願いしました。実に何十年ぶり!という訪問で、「ここにあれがあった!」と撮影後に校内探検をしました。卒業した学校にカメラマンとして再訪するなんてなかなか感慨深いのでは、と勝手に感傷に浸る私でした。

ホールを中庭から眺める。撮影/上田順子
土屋さんの作品を間近で見るとこんな感じに。1990年代の土屋さんは廃屋を灰にして作品を作っていました。鯖江高校内のどこかのお部屋に飾られていますよ。撮影/上田順子

或る場所

鯖江高校

福井県鯖江市舟津町2丁目5-42
☎0778-51-0001
※通常は施錠しているので、入校見学手続きが必要

◎参考サイト
鯖江高等学校同窓会 文化委員会レポート『アート化された学校環境』
ギャラリー山口 福井県立鯖江高校アートプロジェクト

◎参考文献
鯖江高校アートプロジェクト 校庭に舞う金の鳥
発行:福井県立鯖江高等学校創立85周年・新制高校発足50周年記念事業実行委員会 1998年

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この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.