三国町にあるうどん店「谷川」の店内に切り絵作品が飾ってありました。干支の丑を一目見た時に「なんて色っぽい…」とつばを飲み込んでしまいました。色っぽい牛、しかも切り絵だなんて。おかみさんに聞くと、民宿の料理長・向谷辰次さんが作ったものだと。ぜひお話を聞かせてほしいと頼み込んで繋げていただきました。

――切り絵はどこで学ばれたのですか?
私の切り絵は「はらん切り」の応用です。昔の和食の料理人ならできる飾り細工みたいもので、その技術がベースですね。
10年くらい前にふと「切り絵で干支でも切ってみようかな」と思いついてやり始めたんです。和食の世界に長くいたので、見て覚えるのが当たり前。自分で道具を揃えて作る職人でしたから、切り絵で使う切り出しナイフも自分で作りました。
――黒一色で制作していますね。
切り絵に色を入れる人もいるようですが、私は色を入れると絵が軽くなるといいますか、締まらない気がして。ただ目には金色を入れるようにしました。すると眼力が増します。

――どのように制作しているか教えてくれますか?
まず下絵を決めます。下絵はインターネットや書籍からいろいろ見て参考にして決めます。絵の形を損なわないよう紙に下絵を描くのですが、下絵を描くと「筆の動き」が分かるんですよ。デザイン画を見渡しても1本でつながっている線の絵というものがないんです。切り絵は「線を繋げる」作業がスタートなんです。絵のバランスが崩れないように線を繋げるのが難しい。最後に仕上げるのが目。画竜点睛でしょうね。目を入れる時、カチッと私の中で何かがはまった、出来上がった感覚を得られます。
――同じ図案を何枚の制作されますね。1枚の制作時間はどれくらいですか?
1枚30分~1時間半くらいかな。毎年年末に50枚くらい作ります。民宿に来てくれた常連のお客様と従業員のために作ります。
――切り絵だけではなく竹細工もお上手です。
これは24、5歳から作っているんですよ。「バランストンボ」は自分で考案しました。トンボを選んだのは、前にしか飛ばない縁起物だからです。

――創作がお好きなのですね。
料理人ですから、昔は例えば結納の床飾りときにダイコンやニンジンで鶴や亀を彫って床の間に飾ったものです。しかし食物ですから形に残らなかった。なんだか切なくて、残すものを作りたいと思っていました。
――器用な方がいたとしても誰でもできることではありません。しかも習ったわけではなくご自身で開拓されています。
人がしているのを見ると「自分もできるはず!」と思っちゃうんですよ。人にできて自分にできないはずがない、ってね(笑)。
どういう風にしたら実現できるかと考えている時間が楽しい。私は、飾って楽しいもの、四季を感じられるものを作りたいと思っています。料理人の仕事の続きのようなものかもしれません。
切り絵は同じように見えるかもしれませんが少しずつ違ってるんです。心が落ち着いている時に制作すると自分も気持ちがいいし、余裕がない時に制作すると怖い雰囲気になるんですよ。

取材を終えて
参考にするデザイン画があったとしても、向谷さんの手を通すと、それは全く別の表情を見せる作品へと生まれ変わります。「お客様に喜んでもらいたい」。 切り絵を手に取れば、作家の純粋な想いが伝わってきます。決して作家の感情の押し付けではなく、向谷さんの確固たるクオリティーがあるからこそ、その作品は多くの人を楽しませるのだと感じました。
かつて、仕事として野菜の飾り切りを極め、いわば立体造形を野菜でこなしていた向谷さん。ナイフを切り絵用の刃に持ち替えても、その手腕は揺るぎません。
私が心を奪われた、あの妖艶で「色っぽい線」は、食の世界で技術を磨いてきた料理職人だからこそ成せる表現なのかもしれません。
或る場所
料理民宿 いそや
〒913-0065 福井県坂井市三国町崎33-2-2
TEL:0776-81-2030
http://www.newisoya.com/

本インタビューは、月刊fu「或る場所のアート」(福井新聞社発行)のはみだし版です。本誌も読んでね☆
