ゲストハウスの一階の本棚に、人型の彫刻が佇んでいます。なんでここに人型が?と眺めていると、「触ってもいいですよ」と声をかけられました。声の主は、ゲストハウス・ホステル「荒島旅舎」の管理人、桑原圭さんです。
触ってはいけないと暗黙のルールの美術作品ですが、この人型はおさわりOK。お聞きすると「触ってもいいですよ」一言は来客の心を動かすようで、みなさん手にするそうです。なでる人、ながめる人、トロフィーのように手にする人、さまざまな持ち方が生まれます。
桑原さんは外から訪れる旅人と、商店街の人々や地域を繋ぐハブ(入り口)となる場所を作りたいとゲストハウスを立ち上げました。さて、この人型の制作者は蟻塚知都(ありづか・かずと)さん。この作品を迎え入れた管理人・桑原さんと、彫刻家・蟻塚さんとの、ひょんな出逢いから始まったお話でした。

クライアントは「金は出す、口は出さない、感性に任せる」
始まりは2020年8月。友人たちの集まりが出会いでした。桑原さんと蟻塚さんは初対面ながら意気投合し、飲みながら桑原さんは蟻塚さんが彫刻家であることを知りました。
ホステルを経営している桑原さんは、当時「このホステルを商店街の入り口にしたい。外から来た人と、商店街の人たちを繋ぐ接点になりたい」。ホステルが大野という町の入り口であり媒介となる「何か」が欲しいと考えていたそうです。「僕としてもすごく漠然としていて、商店街をモチーフに作品を作ってもらってそれを荒島旅舎に飾りたい、という思いだけ」と話す桑原さんは、直感的に蟻塚さんへ「大野で作品を作ってみないか」と持ちかけました。
依頼は実にシンプルでした。桑原さんは「彫る」という共通の縁から、大野市内に住む90歳のハンコ職人を紹介しましたが、作品の内容には一切口出しをしませんでした。 「何を作ってほしい」というリクエストは一切なし。ただ一言、「とにかく本棚の一区画を埋めてほしい」と伝え、あとは蟻塚さんの感性にすべてを委ねたのです。

「まとうおとこ」、おさわりOK
実はこの時点では、桑原さんはまだ蟻塚さんの作品を直接見たことがなかったのです。その後、鯖江市で開催された蟻塚さんの個展へと足を運び、出会ったのが『纏う男』という作品でした。購入できると知り買って、そして今、ゲストハウスの棚にいます。
「自分が運営する場所だからこそ、自分が本当に好きなものを置きたかった。ただの観光情報ではなく、外から見た印象や旅の情緒を滲ませる場所として、つながりのある人や蟻塚くんの作るものがほしかったんです。『纏う男』を置いておくと、宿泊客の方が見て触りたがるんですよ」と笑います。蟻塚さんから「触らせていいですよ」という許可をいただき、おさわり放題に。
「本棚について尋ねられたとき、説明しながら作品に触ってもらうんです。ここは、大野市やこの建物のストーリーを自然に紹介できる、最高の“つかみ”の場所。自分が心から惚れ込んだ作品だからこそ、説明するときにも自然と熱が入ります」と桑原さんは語ります。

人の本質を見つめる彫刻家の、熱烈なファンとして
桑原さんが蟻塚さんの作品にこれほどまでに惹かれる理由は、彼の彫刻が宿す「哲学」にあるといいます。
「蟻塚くんの考え方がすごくいい。人は誰もが、外面の裏側にひねくれた部分や、直視したくない感情を抱えている。どこか歪んでいる、という本質を見つめようとしています。その視点が鋭いし、面白い。作品自体の作り込みもしっかりしているからね」
ひとりのファンとして、蟻塚さんの彫刻家としての歩みそのものに熱い視線を注いでいます。
20代、これからどんな彫刻家人生を歩もうとしているのか。『纏う男』が、ホステルを訪れる旅人たちにどんな影響を与えるのか。桑原さんはいろんな視点を持ちながら、この交流と作品の行く末を楽しんでいるようでした。

取材を終えて
作家を支えるのは、こうした熱烈なファンの存在です。「ブランド品だから」ではなく、「この人の感性が好きだから」という動機で購入された逸品は、次の新しい制作のための糧となります。そしてその作品が、このゲストハウスを訪れる誰かを喜ばせ、気持ちを豊かにさせていきます。
荒島旅舎という場所と、一人の若い彫刻家の感性が、優しく佇んでいます。アートが日常や街にどのように溶け込み、人々を繋ぐことができるかを示すアプローチ例だなと感じました。
或る場所
荒島旅舎(あらしまたびしゃ)
福井県大野市元町8-17
メールアドレス arashimahostel@gmail.com
HP
https://arashima-hostel.com
Booking.com
https://www.booking.com/hotel/jp/arashima-hostel.ja.html
Instagram
https://www.instagram.com/arashima_hostel/?hl=ja
作品は荒島旅舎の宿泊者向けリビング(1階)に置いてあります。普段は施錠していますが、スタッフがいれば中に入れって見せてもらうことはできます。

