自らも描き、購入し、批評する力を養う。店主が貫くコレクション哲学―― うどん谷川・谷川修さん

うどん店だと思って暖簾をくぐると店内の壁にかけられたアート作品に驚くことでしょう。出汁の香りにつつまれ、うどんをすすりながら美術作品を観る、そうそうない空間です。「うどん谷川」の店主・谷川修さんは、投資目的ではなく、ただ自分の心が「いい」と認めた作品だけを実直に集めているコレクターです。谷川さんにコレクション哲学をお聞きしました。

店内の書は谷川さんによるもの

前衛書から、そして小野忠弘との出会い
谷川さんが現代美術、とりわけ抽象画の世界に深く惹かれるようになった背景には、自身が身を置いていた「前衛書」の世界がありました。書と抽象画。異なるジャンルでありながらも、谷川さんは両者に通底する精神的なつながりを感じ取ったといいます。

アートへの関心は、30歳の時に訪れたひとつの転機へと繋がります。福井駅近くにあった「アートハウスギャラリー」で開催された、福井ゆかりの現代美術家・小野忠弘氏のトークイベント。 「絵画の話というより、映画の話が中心だったかもしれませんね(笑)」と当時を懐かしむ谷川さんですが、その時に目にした小野氏の小さな油絵に、素直に心動かされました。これが、人生で初めて作品を購入するきっかけとなりました。

その後、福井市内のギャラリーや個展会場に足を運び作家と交流をしながら、気に入れば購入。さらにネットオークションもチェックするなど余念がありません。

左から、青木野枝、藤江民、青山円、下段は佐竹美香

美しい絵はいらない。惹かれるのは「純粋さとひたむきさ」
谷川さんが作品を選ぶ基準は、世間の流行やブランド価値とは無縁です。「きれいなもの、ただ美しいだけのものは好きではない」ときっぱりと言い切ります。

「僕のコレクションには、不思議と女性作家の作品が多い。たぶん女性作家は美に対して純粋で、ひたむき。たとえ可愛らしい絵であっても、そこに込められた熱意が違います。プロフィール写真を見ても、みんな顔つきが良くて芯の強さを感じます」と話します。

反対に男性作家の作品はどこか凝りすぎていて余計なものが多く、「バーンと胸に響くような意欲」を感じにくいな、とばっさり。

「飾って誰もが心地よくなるような明るい絵よりも、たとえ暗くても強さのある作品が好き」。佐竹さんの作品を買った際は「未完成とはいえ非常に暗すぎる絵でした。そこに滲む内面性や、様々な思いを抱えて生きているだろう、と感じられてそこがよかった。人間の複雑さがキャンバスに現れている」、そこに強く惹かれたと購入の動機を話します。

青山円、蔵書票、いただいたふくろう、お孫さんの作品なども

買うことには迷わない、作家への熱い応援
谷川さんのコレクションへの姿勢には、潔いまでの迷いのなさが貫かれています。

「作品をどれにしようかと選ぶときには迷うけれど、『買うこと』自体には一切迷わない。人に惑わされることなく、自分の価値観で良いと思ったものを買って作家を応援したいから」。

一番好きな作家・山本基(もとい)さんには、直接制作を依頼しました。予算を伝え、テーマやサイズから提案してもらい、谷川さんのためだけの作品を作ってもらいました。「青と白、鏡に浮かび上がる模様がいい。派手なことはしていないのに、やわらかさと、書道と同じ瞬間の集中力を継続させる力がある」と、その魅力を熱く語ります。

天ぷら油に負けず、うどんの傍らでアートを届ける
うどん店を開業して以来店内の壁面は2〜3ヶ月に一度、谷川さん自身の手で展示替えが行われています。

「うどん屋ですから、天ぷら油の蒸気で大事な絵が傷むかもしれない、というリスクはもちろんあります。それでも、仕舞い込んでおくのではなく、ここに飾り、自分自身が眺めてモチベーションを上げながらうどんを振る舞いたいんです」

カウンター越しに、お客さんから「これは誰の絵ですか?」と聞かれることも。
店を訪れる人々へ一杯のうどんを味わう時間の中に、現代アートの出会いを静かに提供し魅力を伝える役割を果たしています。

取材を終えて

谷川さんは、前衛書の作家としての顔を持つ一方で、街の手打ちうどん店を営む店主でもあります。

私にとっての谷川さんは、美術展の会場で足繁く出会うアートを語り合える友人であり、長年にわたり作家と交流を深め、作品を収集し続けてきた真のコレクターです。彼の店を訪れると、うどんを味わいながら、壁面に掛けられた作品を眺め、カウンター越しに最近の展覧会や展評について語り合う……そんな楽しみな時間を過ごします。
自身もまた言葉を素材に作品を創作する表現者であり、大判の書からサムホールサイズの作品まで幅は実に多様です。

谷川さんは、何といってもその鋭い審美眼をお持ちです。地元福井で、膨大な作品と向き合ってきた経験からくる言葉は、時に鋭く、そして驚くほど率直です。優しい笑顔で作品の良し悪しをスパッと語るその姿に、スカッとすることも。美術作家や作品を褒めそやすだけではなく、地元でずっと歩みを見てきた人が放つ一言は、美術文化の醸成に必要なものです。

その時々の自分の感情に照らし合わせて作品を選ぶこともあるでしょう。購入の葛藤は、自己との対話、現実と感情との対話です。谷川さんの理想的な自営業コレクタースタイルは、作る側ではなく鑑賞する側のお手本のような方だと感じています。

谷川さんは、有名なふくろうコレクターでもあります

或る場所

うどん谷川(谷川製めん所) 
〒913-0044
福井県坂井市三国町山王3丁目6−63
定休日:火曜、水曜、※臨時休業あり
営業時間、定休日はInstagramをチェック
https://www.instagram.com/udon_mikuni/

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

アート関連の発信はFacebook個人、Instagram個人にてバシバシ行っております@cowbellriko


I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.