福井駅前の、通称・三角地帯の一角に、地下へ続く階段があり現れる純喫茶。そこが「王朝喫茶 寛山(かんざん)」でした。入り口はボッティチェリの「春」のレリーフが出迎え、店内にはギリシャ風の柱と女性の彫像が立ち、そしてステンドグラスがそばにある空間。2020年、福井駅前再開発に伴い惜しまれて閉店しました。ステンドグラスは福井市美術館に引き取られ、第二の人生を送っています。今回は、寛山オーナーの伊坂晃(いさか・てらし)さんに、ステンドグラスとともに喫茶店の思い出を語っていただきました。
-地下にある喫茶店で、親しまれた場所だとお聞きしています。
A3番席、「あの席があいたら移動していいですか?」という声をお客様からいただく場所でした。店を閉める2~3年前からブームというか、来客が急に増えて。インスタ映えというのかな。高校生や20代の若い子たちが来てステンドグラスのある席で撮影していましたね。クリームソーダを注文して、それをテーブルの上に載せていろんな角度から撮っていましたね。
-近年はレトロ喫茶店としても多くの媒体に取り上げられていました。開店当初のことを教えてくださいますか?
1974(昭和49)年10月にオープンした店でした。私の両親はそれ以前に食料品店と喫茶店を営んでいましたが、あの一帯にビルを建てることになったんです。自分たちも続けてここで仕事をしたいと。ただすでにテナントは埋まっていたから、「それなら思い切って地下を作り、そこで喫茶店をしてはどうか」というアイデアで始めたと聞いています。「本当にやりたい店をやろう」と、両親はビルを建てている間にどんな喫茶店にしようかと全国の有名な喫茶店をめぐりました。東京や横浜からヒントを見つけてきたようですね。当時は純喫茶ブーム、毎日600人くらい来たんですよ。
-福井駅前とビルの成り立ちを知る、ほかにないお話ですね。店名の由来は何でしょう?
漢字二文字で店を表現できるような店名にしたかったそうです 「寛」はくつろぐ、広く、ゆったりくつろげるという意味を持っています。そこに山を付けて、山のように深めていく、お客様が山のように入る、という意味も含めました。
「王朝喫茶」というのをなぜ付けたのかは分からないのですが、一味違うようにしたかったのかな。欧風、王風という喫茶名はほかにもあるようですが、王朝はさすがになかった(笑)。
-オープン当時のこと、伊坂さんは覚えていらっしゃいますか?
いやいや (笑) 、僕は高校生で受験生だったから、両親が忙しそうにしていたことくらいかな。20代、地元に戻って喫茶店を手伝うようになりました。
-ステンドグラスが印象的です。最初にお話しされたように、年代問わず人気席だったことでしょう。どのように作られたのでしょうか?
福井の会社に注文したことは分かっています。残念ながらどこの会社に依頼したかは分からないままで、何を模しているかも分かりません。
父から聞いた話では、注文した会社から「ステンドグラスがいるんですか?」「純喫茶にいるんですか?」「3枚もいるんですか?」と聞かれたそうですよ。そうですよね、地下の喫茶店にステンドグラス、しかも3枚って、おどろきますよね(笑)。
-今でもない注文だと思います(笑)。喫茶店にステンドグラスがあったときは、どのような状態だったのでしょう?
席のすぐ横にありました。見上げるのではなく、席のすぐ隣です。
ステンドグラスの裏に3本ずつ蛍光灯が入っていて、それで内側から照らしていたという仕掛けなんです。しかし、この蛍光灯を取り換える作業が大変だった! もっと簡単に取り換えられるように設計してほしかったです。閉店後の一苦労の仕事でした。
-半世紀を超えて再開発のためお店を閉めることになりました。ステンドグラスはどなたかた欲しいという方がいらっしゃったのでは?
ええ、もちろん。県外からも譲ってほしいと連絡がありました。
-譲らなかったのはどうしてですか?
私の自宅においても何もならないし、できれば美術館のようなところにおいてもらって記念撮影などができればと思っていました。そのほうが親しんだ常連さんや、より多くの人に長く見てもらえ、楽しんでもらえるかなと。
-なるほど、それで福井市美術館さんに相談をしたのですね。
-喫茶店を営業していたときの印象に残っていること、思い出はありますか?
駅前の喫茶店といえば、昔はお見合いスポットでしたから、お見合いも多かったですよ。カウンターからもよく見ていました。
昔はラジオを使って面白いこともしていました。例えば、地元のラジオで歌手のイルカの曲を流してもらうんです。そこでDJの人に「ただいま寛山にいるお客様にお知らせします。どなたかの椅子の下にイルカのLPがあります。椅子の下を探してください」と話してもらいます。このときだけ店内のラジオのボリュームを上げるんです。するとお客様が一斉に椅子の下を探す、という仕掛けです。
-なんと! 面白い! 今でもやってみたい仕掛けです。
閉店の音楽をかけても帰らなくて、「なんかいい音楽流れてきたな~」なんて聴き入るお客様もいました。
落語家さんもよく来られてね。出番の時間までゆっくりコーヒーと飲んでいたり。映画の撮影で来られた俳優さんや有名人も来ていました。地下で喫煙もできましたから、隠れ家的な喫茶店だったのでしょう。
-伊坂さんご自身はどのように働いていたのですか?
住まいは駅前から離れたところにあり、毎朝通っていました。道路の混雑を避けて朝7時ごろには家を出て、職場(喫茶店)に着いて、自分用にコーヒーを立てる。ひととおり新聞を読んで「よし、今日も開店するか!」という流れかな。ランチタイムがとにかく忙しかったです。22歳から64歳までいたから、つまり42年は寛山にいたことになります。
-お客様にとてもよい時間を提供されていたのですね。エピソードからよく伝わります。お話、ありがとうございました。
設置した福井市美術館・石堂館長のお話
常設展の一角、南側の場所に借景のように設置しました。常設で取り上げている高田博厚は、教会へ通っていたので、ステンドグラスを置いても違和感はないだろうと。設置場所や方法についてはお任せいただきました。
よく見ると1枚1枚絵柄が違うのです。確かに人の手で作られたという手仕事感も見てほしいです。常設展なので100円でいつでも見に来られますよ。
カメラマンが福井市美術館の建設から関わっていたという話
私は一度だけ、寛山さんで打ち合わせをしたことがあります。初めての人にはちょっとハードルの高い、地下に下る階段でした。常連さんが連れて行ってくれた思い出があります。
それでもその時見たステンドグラスははっきりと覚えています。神々しく、迫力があり、妖しげでもあり、壁面に位置する存在感がありました。開店当初から取り付けられたステンドグラス。半世紀前にこれを作るオーナーのセンスも素晴らしいです。
そして福井市美術館に移って設置しているのを見ると、なんたる聖堂感! 福井市美術館の建物の構造もマッチしていて、本当に聖堂にあるような雰囲気で撮影することができました。
撮影してくれた川副景介カメラマンから「僕はね、この建物を建てている間の撮影をしていたんだよ。村中建設さんからの依頼で、柱を立てるところとか追っていたんだよ~」とポロっと発言。えええええ、そんな仕事に関わっていたのですか! カメラマンエピソードが出てきてびっくり。村中建設さんは記念冊子を出したそうですが、館長さんにとっても思いもよらない話でした。
専門家の意見では、正式なステンドグラスの技法で作られたわけではなく、ステンドグラス風とのこと。しかし長年「寛山のステンドグラス」と親しまれてきたものなので、本記事ではステンドグラスで表記しています。
寛山はこんな場所でした!(撮影:森川徹志〔芸術専門楽群〕)
店舗情報(2020年8月26日に閉店しました)
王朝喫茶 寛山(かんざん)
住所:福井市中央1-4-28
営業時間:8:30~18:30
定休日:日曜日
福井市美術館 (常設展で見られます)
福井市美術館(アートラボふくい)
住所: 福井市下馬3-1111
電話:0776-33-2990
開館時間:9:00~17:15(入館は16:45まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日(日曜日を除く)
入館料:【常設展】一般、大学生・高校生 100円、中学生以下、70歳以上、障害者の方は無料
寛山のステンドグラスは常設展の展示空間内にあります。