「人の心を動かす唯一のツールを手に入れたかなという感じ」-スクラッチアート作家・若林朋美さん

最近、書店や雑貨店などの店頭をにぎわせているスクラッチアートブック。読者の中には、ブックを実際に購入して作品を仕上げた体験をした方もいるのではないでしょうか。

真っ黒なシートを削って作品を仕上げることが一般的なスクラッチアート。ところが若林朋美さんが手掛けるスクラッチアート作品には、従来のイメージをガラリと変えてくれる明るい色彩があふれています。

「これもスクラッチアート?」と尋ねられることもあるという若林さん。制作の背景を聞いてみたくて、福井県大野市にある自宅を訪ねました。

シャープな絵を描きたくて、スクラッチという技法を思い出した

-高校時代の恩師が手掛ける文芸誌『青磁』の表紙画が、本格的にスクラッチアートを始めるきっかけになったと聞きました。

2015年に「バゲット」「プチフランス」「ドーナツ」など、パンをモチーフにしてスクラッチで描いたのが最初です。白いバックに、オレンジがかった明るめのパンのイラストが意外と好評で。

それ以前から『青磁』の表紙画や挿絵は描いていたんですけど、スクラッチじゃなくて、オイルパステルとかカラーインク、クレヨンなどが画材だったんですよね。モチーフは椅子とか靴とか葉っぱとか、いろいろです。

文芸誌『青磁』の表紙を飾った『鳥、もしくは青い花』(2018年)

-画材や作風を変えようと思った理由は何だったんでしょう。

クレヨンの柔らかいグラデーションは好きだったんです。描き始めたころは子どもも小さくて、制作にあまり時間をかけられないというのもあってクレヨンを使っていたんですけど。クレヨンの柔らかい表情が自分に合っていたんです。

だけどクレヨンって、エッジに鋭さがなくてどうしても柔らかすぎる印象になっちゃうんですよね。もう少しシャープな絵も描いてみたくて。そこでたまたまスクラッチという技法を思い出したんです。

-どこかで見たとか聞いたとかというフックがあった。

幼稚園のころにやったのを思い出して。「そういえばクレヨンってスクラッチができるな」って。柔らかいグラデーションも使えるし、はっきりした形もできるし一石二鳥だなと。しかも、上に塗るのが黒でなくてもいいんだということになれば表現の幅が広がるなと思って、そこからスクラッチ一辺倒で。

-若林さんの作品は、ブームになっているような黒ベースのスクラッチアートとまったく異なる表情ですよね。

透明クレヨンというのを使った作品なので、黒ベースのスクラッチしか知らない人からは、「どうやって描いたんですか」とか、「これもスクラッチアートっていうんですか」とか言われますね。

-透明クレヨンの存在は以前から知ってました?

いや、まったく。画材屋さんに買い出しに行くたびずっと「これは何の色だろう」と思ってたんです。000番の色というのがあって、それが透明クレヨンだった。

透明クレヨンを知らなかった時は、下地にクレヨンを敷いて薄く白いアクリル絵の具を重ねて、アクリルを削って下地が出る…というのをずっとやってたんです。

でもそれだと、下のクレヨンの層まで引っかきすぎることがあって、色の鮮やかさに関して不満があったんです。白い画用紙じゃなくて色画用紙を使ってみたらどうかな?とも思ったりもしたんですけど、あまりうまくいかなかったんですよね。

-透明クレヨンってロウソクみたいなものを想像すればいいんでしょうか。

そうですね。ロウソクというか消しゴムというか。

クレヨンで書いた時にぼかすために使うのが本来の用途なんですけど、これを剥離剤代わりにすると鮮やかな作品ができるんじゃないかなと思って。アクリルの下地に透明クレヨンを塗って削ればということで、『みどり葉 1』『みどり葉 2』という作品を描いたんです。

「みどり葉」は高校の同窓会ホームページのキービジュアルで、「お任せで自由に」というオーダーだったので、ちょっと冒険してみようと思ってやってみたらすごくいい感じにできて。スクラッチだけど私だけのやりかたかなと思って。

同窓会ホームページのキービジュアルとして描いた『みどり葉2』(2017年)

鳥は創作の一番の推進力 そこから離れた創作はちょっと考えにくい

-「みどり葉」もそうですけど、鳥をモチーフにしている原体験のようなものがあったりするんですか。

ちっちゃいときから好きだったんですよね、鳥が。小学生の時に「鳥の羽の構造」みたいな自由研究をしたりとか。小学2年生ぐらいで、「風切羽が鳥の推進力になっている」みたいなのを知っていた(笑)。

水鳥は産毛が重なっていて水が入ってこないとか、羽毛に脂を塗り付けているので水を弾くとか、いろいろ調べて。だから、今でも鳥を見るとドキドキしますよ。近くにサギとか大きい鳥がいたりするとすごくテンションが上がります。

フォルムも好きだし、飛んでなくても美しい。飛んでるのを見たら鳥肌立ちますね。

-鳥だけに(笑)。

嫌われがちのカラスでさえ「いいなあ、美しいな」って思える。鳥は創作の一番の推進力というか、描いていてテンションが上がります。

東京にいた30代のころは建物をモチーフにしていたこともあったけど、もう街の絵は描けないかな。鳥や草花など身近に美しいものがいっぱいあるので。

-鳥以外のモチーフにはあまり関心が向かないですか。

いや、描いてますよ。ネコとかホオズキとかをワイヤーフレームみたいにして。それまでの作風とは違うんですけど。

-ワイヤーフレームで描くというのは、「みどり葉」で描いたような葉っぱからの連想だったりしますか。

ある日、葉脈だけ残したホオズキの飾り物を見せてもらったんです。透かしホオズキっていうそうなんですけど、「これ、いいな、美しいな」って思って。で、ホオズキの葉脈をワイヤーに見立てて描いたんです。中にホオズキの玉があって。

それでワイヤーで他のものも描いてみようと。ホオズキは中にかわいい玉がコロンってあるのに、他のものを描いたときに何もないのが寂しいなと思って、心臓みたいなものを入れてみたんですよね。ホオズキのネコ版みたいな。細胞というかミトコンドリアっぽくないですか?(笑)

ワイヤーものは昨年(=2018年)の暮れくらいから描いてて、このシリーズももっといっぱい描いてみたいです。

(左上から時計回りに)『透かし鬼灯』『透かし鯨』『透かしキジバト』『透かし猫』

-若林さんの作品は明るい色調が特徴だと思うんですが、ワイヤーものはちょっと明度低めで攻めてますよね。

ワイヤーを光らせようと思うとやっぱり暗い感じになりますね。線画として引っかくので、周りを明るくするとクレヨンの下地をグラデーションにしても意外ときれいに見えなくて。

-なるほど、ワイヤーの場合は色が露出する箇所が少ないですから。

露出する箇所が少ないから背景が明るいと負けちゃうんですよね。反対に『みどり葉』シリーズは、面全体を引っかくので白バックにすごく映えるんです。

描きたいものはいっぱいあるので、あとは時間をどうひねり出すかですね。鳥と葉っぱのダブルイメージのシリーズもやってみたいと思ってますし。例えば、群れて飛ぶ鳥と花とか、葉っぱと飛んでる鳥を敷き詰めたりとか。今まではグラデーションを生かしたものが多かったけど、そうじゃないアプローチもやっていきたいです。

いろんな作家さんやアート関係の方との交流が欲しい

-ところで、若林さん自身が心を惹かれる作品に共通している要素ってあったりしますか。

なかなか難しい質問ですけど(笑)、子どもの絵ってすごいですよね。

-それはご自身の子どもの絵の話?

いや、どんな子どもでも。子どもの絵の大胆さと緻密さはすごい。例えば「ごはんを描きます」みたいなときに、めっちゃ適当な茶碗を書いてるのに米粒一粒一粒丁寧に描いてるみたいな。そういうのにやられちゃう。大胆なフォルムに緻密な模様があったりするとすごくいいなと思いますね。

-今の話に関連して、全面みっちりと透明クレヨンで塗ってスクラッチする大型作品じゃなくて、緻密なところと余白とで世界の広さみたいなものを表現するのも良さそうですね。屏風に描いた山水画みたいな。

抜けた緻密さみたいなのはいいですよね。全面みっちりしていると息が詰まりそうになってしまう。すごく緻密な作品を十数メートル幅の大きさで見せられると、それはそれですばらしいなと思うんですけど、もうちょっと息をできるくらいがいいかな。自分が描いててもそう感じます。

大きい作品を作ろうとすると、透明クレヨンをみっちり塗る作業が大変で(笑)。引っかく作業よりも透明クレヨンを塗る方が大変。本の表紙だと原画のサイズがある程度決まっているのでスクラッチの良さというか緻密さが出せるんですけど。

もうちょっと効率的に下地作りができれば大きい作品もできると思うんです。でも、実は地味にちまちました作業の方が念がこもるというか、味が出るのかなって。

効率良いやり方で同じ仕上がりになったとしても、もしかしたら伝わるものが違うんじゃないかという気もするんです。すみずみまで時間と手間をかけたというようなことが。私だけの自己満足かもしれないですけど。

-大きい作品を作ろうとすると画材の研究も必要になりますね。

大きい作品には大きいなりの良さがあると思うし、いろんな要素も盛り込める。剥離剤として使うのだったら透明クレヨンじゃなくてもいいかもしれないですし。

いろんな作家さんやアート関係の方との交流が欲しいなと思っているんです。画材の研究にもつながるだろうし、大きい作品を描くヒントになるかもしれない。刺激し合いたいですね。

作品のアイデアを書き付けているノート

見ている人が幸せになって、良い方向に心が動かされることをしていたい

-やっぱり大きい作品を手がけるのがさしあたりの目標だったりしますか。

難しいこと聞きますね(笑)。大きい作品を描きたい気持ちはあるんですけど、それが目標というわけではないんです。まあ、それをあまり考えたことがないっていうのも一つの答えだし、「周りの求めに応じて描いていきます」っていうのも答えだし。

私自身、「こう描いていきたい」っていうのがあまりなくて、あれを描きたいな、これを描きたいなというのを一個ずつ塗りつぶしていくというか。そういうのって行き当たりばったりっていうんですよね(笑)。

-「みどり葉」のように、「自由にやっていいよ」っていうオーダーで新たな作品ができたという経緯もあることですし、行き当たりばったりも創作のやり方としてありだと思いますよ。

周りの求めに応じていっている間に自分の作風というものが決まっていくみたいな感じですかね。ダーウィンの進化論じゃないけど、適応能力が云々みたいな。

それとは別の話なんですけど、作品づくりの根底には「人の心を動かしたい」っていう気持ちがありますね。これは、思春期のころからすごく持っている気持ちで。

映画を見たり音楽を聴いたりして心を動かされた時に、「私はこんなに心を動かされているのに、私はどんな手段を使って人の心を動かせばいいの?」という悔しさというか焦りがあったんです。私は何もできないまま年をとって死んでしまうのかなと。

だからといって歌が歌えるわけではないし、小説が書けるわけでもない。絵は好きだったけどそれでやっていく自信もなかったですし。

10代のころに持っていた気持ちは今でもありますね。何かしらの形で人の心を動かしたいなと。

-10代のころは創作活動はやってなかったんですか。

創作活動はそんなにしていなかったかなあ…なんとなく絵を描いたり、漫画を描いたりしていたくらいで。将来イラストレーターになるとか画家になるとか、そういう目標みたいなのもなかった。

人の心を動かしたいからといって、痛みを伴うような心の動かし方はしたくないなとも思っていたんです。芸術にもいろいろあるじゃないですか。例えば、映画でも痛みを感じる作品があったり。でも、私ができるのはこれじゃないなって思って。

できることであれば、見ている人が幸せになって良い方向に心が動かされるようなことをしていたいなと。それが私の創作の原動力といえば原動力なのかな。だから過激な絵は描けないし描かない。見ていて気持ちが悪くなるような絵は描けないですね。

-言うなれば、人の心を動かせるツールをスクラッチアートという形で手に入れた。

そうですね。唯一のツールを手に入れたかなという感じ。だから今はちょっと安心してます。映画を見たり音楽を聴いたりしても、思春期のころのような悔しさとか焦りはないですね。「いざとなったら私にはイラストがある」って思えることが心の拠り所になってます。

今までの自分の作品を見て、「なかなかうまくできてるやん」とか思うこともあったりしますよ(笑)。毎回、過去の作品を越えていこうとすることが、苦しくもあり、楽しくもあるんです。

私、米津玄師さんが大好きなんです。ボカロ楽曲も好きだけど、サウンドが変化してきている最近の曲もすごく良くて。どこまで進化するんだろうと思っているんですけど、そんな彼の音楽を聴いてめちゃくちゃ感動しても今は立っていられる。「私にはこれがある」って思える。なんか、ごめんなさい、そんなにすごい人を引き合いに出しちゃって(笑)。

プロフィール

若林朋美(わかばやし・ともみ)
福井県福井市生まれ 筑波大学芸術専門学群卒

東京都内のデザイン制作会社を経て、福井県大野市に移住。高校時代の恩師が主宰する文芸同人誌『青磁』の装画を手がけたのを機に、スクラッチアート創作に本格的に取り組む。アクリル画を下地にした鮮やかな色づかいを得意とし、鳥の群れを花びらに見立てた『鳥、もしくは』シリーズなど、幅広いモチーフで制作を続ける。

ポートフォリオページ
https://www.behance.net/gallery/78785021/Scratch-Art-01

作品の一部は芸術専門楽群ストアで販売しています。
https://store.geisen.art/product-tag/wakabayashi-tomomi

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この記事を書いた人

MORIKAWA Tetsushi(森川徹志)

小学生の頃、親が定期購読していた『暮しの手帖』で雑誌作りの面白さに目覚める。アートに興味を持ったのは、20代の時に関わった情報誌の編集がきっかけ。時代や作家などを問わず幅広く鑑賞するタイプだが、なんとなくの傾向としてデカくて一瞬で「うわっすげえ!」と思える作品が好き。アイドルソングDJ・teckingとしても活動中。

When I was in elementary school, I found it interesting to make a magazine with 'Kurashi no Techo' which my parents subscribed to. I became interested in art when I was an editor in my 20s. I appreciate art works of all ages and artists, but I like large works that surprise me by saying, "Wow, that's amazing!". I am also active as an idol music DJ tecking.