「建築の内臓部に住む私。そこで記憶と都市を結び付ける作品を作る」美術家・前野みさとさん

 創ることに前向きで、常に手を動かし作品づくりに励んでいる美術作家・前野みさとさん。福井に居ながらも20代、30代と絶えることなく東京・銀座の画廊で発表を続けています。

前野さんが「カプセルで生活してきました」と見せてくれた写真が素敵すぎ。あのカプセルタワーでした。コロナ禍で静かな都市から人の営みが戻る様子を体感した前野さんはカプセルで何を見たのでしょうか。

なんだか細胞みたいなビルです

コロナ禍の都市へもぐり、
40年前の空間で作品を作る

―中銀カプセルタワービルの入居にいたった経緯を教えてください

中銀カプセルタワービル(以下、カプセルタワー)には2020年5月23日から6月21日まで1カ月滞在しました。今年の予定がコロナ禍ですべて中止または延期になり、気分も落ち込んでいました。

しかし6月に東京で個展をすることは決まっていたので、カプセルタワーで借りられる期間と一致したため、抽選に申し込んだら当選しました。家賃は1カ月12万ですが、給付金をつぎ込んじゃえって思って(笑)。

中銀カプセルタワービル 

黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅のこと。1972(昭和47)年竣工。現在は住み継ぐことで保存と再生を目的にしたプロジェクト進行中。

詳しくはこちらを参考ください。

―入居していかがでしたか?困ったことや想像とは違ったことはありましたか?

入居前にカプセル経験者のブログなどを読みました。ブログにはトイレの水があふれたり、雨もりがあったりすると書かれていて、半世紀近く存在している物件ならではのサバイバル感があり、「無事に暮らせるかしら…」戦々恐々としていました。

カプセルタワーの部屋はいくつかあって、私が入居したカプセルは当たりだったようです。水回りもきれいで、エアコンも効いてました。困ったことや想像と違ったことはありません。

もともと「レトロフューチャーな部屋で年月を感じてみたい」と長年思っていて。今回は「ここをモチーフにしたものを制作する」ことも目的にありましたから。

間取り

住み心地は良かったですよ。そもそも「歴史的建造物」として見ていた物件に私が住めるという驚きがありました。もっと言えば、内臓部に入り生活する感覚です。私が長く憧れていた建物に近づけた嬉しさ。1カ月もいると愛着がわき、自然と“私のカプセル”という言い方をしてしまいます。

浮かんでは消えていて形を持たない
記憶と都市のイメージを結び付ける

―写真を見るとずいぶん狭そうです。このスペースで制作をしたのですか?

そうです。ちょっとしたアーティストインレジデンス気分です(笑)。この部屋で感じたこと、見たものをベースに作品にしてみよう、とモチベーションが上がりました。

―個展では、1点ずつが離れて展示されているものの、でもどこかつながっているような空間づくりをされていましたね。人影が見えたりして、自然風景とは違うなにかを描いている、と初見で感じます。
前野さんは作品にどんなコンセプトを持って描かれたのですか?

私は人間の記憶と記憶のあり方について探っていて表現しています。カプセルタワーに住み、都市のメタボリズムに興味がわき、記憶と都市を結び付けたかったのです。

私の中で都市とは、内包する要素が生まれては消えていくというよりも、新しいもの、古いものが同時代に存在している空間だと考えています。行き交う人も都市の構成要素の一つ。今回は「最近の記憶と過去の記憶が並列に混在している、人間の脳内マップ」を表現しました。

記憶とは、はっきりと像を結ぶものと、深層に沈んでぼんやりとしているものがあり、脳内で混在しています。深層にある“形にならない記憶”は、ぼんやりとしすぎて形にならず、像を結ばないし、元の面影すらない。まるでピントが合っていない写真のように。それは頭の中に浮かび上がる記憶に似ていて、そのぼんやり感を絵にしたかったのです。抽象と具象の間を表現したい。茫洋としたなかに具体が浮かび上がる、それを今回制作しました。

―イメージを具体化するメディウムが、アクリル板なのですね。

そうです。アクリル板に絵を描いて、それを数枚に分割する、あるいはつなげると何かになる。なので、1枚1枚を切り離してしまうとさらに余計に分からない絵になります(笑)。

―個展の作品を拝見すると、どこかカプセルタワーの印象がありますね。

カプセルタワーの中から外を見たのか、外からカプセルタワーを見たのか…、丸窓がどうしてもモチーフとして強すぎて、分かる人には分かってしまうようです。カプセルタワーのオーナーが個展を見に来てくれましたが、すぐにカプセルタワーの景色だと分かったそうです。私の制作背景を知らない人は、何が描いてあるのか分からないかもしれませんね。

半分生きていて、半分死んでいるカプセル
朽ちていく美が私の欲求を満たしてくれた

―カプセルタワーでの1日の過ごし方を教えてください。

朝5時頃、丸い窓から差し込む光で目覚めます。冷蔵庫にはヨーグルトと八百屋さんで買ったトマト。お湯も沸かせるのでコーヒー、お茶は常備。天気が良ければ街へ出て、朝はモーニングを。昼は築地まで歩いて、もつうどんを食べたり。住んだから気づく都市の様子もありました。私が入居した5月下旬は、まだまだ自粛ムードで銀座も人がいないくらい。それでもだんだんと人が増えてきて、営みがあることを実感しました。

―カプセルに住んでみて強く感じられたことを教えてください。

壁や天井は剥がれていて、ペンキを塗り直したあとも見える。こんなにボロボロだけど住めるんだなあ、と改めて驚きました。半分生きていて、半分死んでいる、そんな建物なんです。住んでいるのに、廃墟感がある。言葉だけだとホラーですね。

新陳代謝を重ねている都市の中にいること、半分死んでいるような建物の中にいること、日本のど真ん中で生活したことは大きな経験値になりました。カプセルタワーが建った当時と今では、周囲はだいぶ様変わりしています。それでも変わらずにあるカプセル。廃墟じみている中で生活している気配が素敵で、ところどころ朽ちかけているけど生きている建物。私の欲求と合致していると強く感じました。

インタビューを終えて

前野さんが記憶の像を表現しようとしていることがよく分かりました。個展では、さらにアクリル板をランダムに配置し、断片となって展示しているため、見に来た人は戸惑うかもしれません。普段は気づかない都市の行き交う様子が描かれていること、カプセルの一部であることを知ると、前野さんの作品が急に現実を帯びます。絵は茫洋としていて、ビニール袋をかぶせられたような会場の雰囲気も伝わってきます。朽ちていく建物と一体化する、それは一種のエロチシズムであり、うらやましく思いました。

中銀カプセルタワービルの「カプセル」は、埼玉県立美術館に併設されている北浦和公園・野外彫刻で展示されています。

プロフィール

前野みさと(まえの・みさと)

1987年 福井県生まれ
2010年 福井大学教育地域科学部 芸術保健体育コース美術教育サブコース 卒業

アクリル絵具や廃材、日用品などを使用し、平面を中心にドローイング表現を行う。

〈企画展〉

2019 Reborn~未来へのアップデート~Ⅱ未来を発明 (福井県 福井県立美術館)

〈グループ展〉

2008 TRY-M 展(福井県 福井県立図書館)
2008 第3回福井大学美術科 在学生・OB・OG 有志展(福井県 福井県立美術館)
2013 +me vol.8(大阪府 海岸通ギャラリーCASO)
2014 Square展 (東京都 ギャラリー58)
2014 Fusion+ (東京都 Gallery 58)
2014 +me time(大阪府 海岸通ギャラリーCASO)
2015 Fusion+ (福岡県 ギャラリーとわーる)
2015 Square展 (東京都 Gallery 58)
2016 Square展 (東京都 Gallery 58)
2016 Fusion+ (東京都 Gallery 58)
2017 クリスマス小品展 (福井県 E&Cギャラリー)
2018 My Book, My Design展 vol.9 (東京都 フリュウ・ギャラリー)
2020/1/14-1/25 Square展 (東京都 Gallery 58)

〈個展〉

2010 前野みさと展 – じゃみじゃみ -(東京都 Gallery58)
2013 前野みさと展 -inner SPACE journey-(福井県 E&Cギャラリー)
2015 前野みさと展 -Blue mosquito -(東京都 Gallery58)
2018 前野みさと展 -1.0⇔0.03- (銀座・Gallery 58)
2020 前野みさと展 -人新世界- (銀座・Gallery 58)

受賞歴:

2007 第5回武井武雄記念童画大賞 入選
2008 第7回福知山市佐藤太清賞公募美術展 佐藤太清賞
2013 第30回記念 FUKUI サムホール美術展 入選
2014 西脇市サムホール大賞 入選

この記事を書いた人

SAITO Riko

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。