「目の前の事象を疑問に思い、思考を広げる」(3)-ダンサー・岩本亜樹さん

福井から海外へ。コンテンポラリーダンスの盛んなヨーロッパで踊るダンサーがいるよ、との情報を得てコンタクトを取りました。20代の岩本亜樹(いわもとあき)さんが、海外で何を思い何を考え、身体表現で実現したいことは何か、メールでやりとりを重ね伺いました。3回に分けて掲載します。(インタビュアー:齊藤理子)

チアダンで学んだのは人を純粋に応援する思いやり

―岩本さんのJETS時代、その経験が今に活きていることなど教えてください。

JETS時 代 ( 高 校 生 )、 私 は ダ ン ス 未 経 験 者 だ っ た の で 、 チ ア ダ ン ス に 必 要 なHIPHOP、JAZZ、POM、LINE DANCEについて学びました。実は私、体は硬かったし、前屈もできなかったレベル(笑)。しかし、一番学んだのはダンスのスキルではなく、物事への姿勢やオーガナイズ力ですね。

「自分で目標を立てそれに向けて具体的な行動計画を立てる」「目標と行動を明確に公言し、自身で毎日のルーティンをたて、地道に実行する」というようなセルフオーガナイズの方法を実践していました。ダンスに関わらずどんなジャンルにも必要なスキルです。

チームですから大きな目標はみな同じ。だけどそれに向けたメンバー1人ひとりの目標は全く違う、みな自立していました。金子みすずの”みんな違ってみんないい”って感じかも。顧問の五十嵐先生からは「金太郎飴みたいにみんな一緒だ」と怒られたこともあります。チームという一種のコミュニティーにいながら、それぞれの個性を見出すことに、全員が苦労しました。

今思えばJETS在籍時で見た競技としてのチアダンスの世界は思った以上に繊細なものでした。スポーツとパフォーマンスが混ざった競技だと思っています。競技の基本は2分30秒の振付を揃えていること、そして一定のスキルとチームワークで成り立っているダンスです。しかし、振付は何度重ねても揃わない。理想(正解)通りにはならないということもよくあって。ある意味、とても有機的で人間的な(競技でありダンスなのだ)と今では思います。もちろん演じる側がロボットではないから、同じことを同じように何度もできるようには作られていないのです。個でもあり集団でもある20人で合わせるのはとても複雑なことでした。しかし、この有機的な部分は私の中で、とても惹かれる貴重な踊る経験として残っています。

運動部を応援することもチアリーダー部の仕事なんです。人を応援する無償の思いやり、人間のベースとなるものです。私が共感した部分はここです。なんだかんだで人と関わることが好きなので。このように型を学び、正解を追うことできたおかげ(?)で、現在の正解がない世界への興味が生まれたのではないかなと思っています。私の性格上、一度やってみないと分からない、だからなんでもやってみたい欲張り屋なんです(笑)。

Photo Ros Kavanagh

ダンスが文化の土台のひとつであり、社会経済のひとつとして受け入れられている

―日本で演じてきたダンスと留学して学んだダンスの世界、共通する部分、違う部分を教えてください。

コンテンポラリーダンスは小さな世界。日本においてもアートの中の一つとして存在していますが、一般的に需要が少なく「理解が難しいもの」という認識があるようです。浸透率はまだまだ低いのが現状でしょう。

しかし、こちらベルギーでは一つのジャンルとして確固たる存在をしています。日本との違いは何かと考えると、歴史的な厚みとダンスを取り巻く環境や教育が豊かなものだからでしょうか。観客は職業、年齢に関係なくコンテンポラリーに興味を持つ人が多く、パフォーマンスにもたくさんの人が集まってきます。国民の中に「見たい」という欲求と需要が少なからずあるのです。また、創作者も社会的に保障されるシステムが成立しています。政府からダンスへの資金援助もあり、私の周囲の若いダンサーたちも10人に2人の割合で助成を得ています。

ヨーロッパに住んでみて気づいたのは、日本は競争的価値観で動いているということでした。日本のダンスはコンペティション的な形のものが多く、登竜門という認識でそこを通らないと有名になれないというような意識があります。一定のスキルがないと評価されない。ヨーロッパでもこの価値観は存在しますが、結果よりも創作の時間(そこに至った考えや理論)に価値が置かれていることを強く感じます。日本とヨーロッパの大きな違いはそこだと思っています。

アントワープの学校は、集まる生徒の国籍が多様で、インターナショナルです。イタリア、ドイツ、デンマーク、ベルギー、スペイン、韓国、フランス、コロンビア、イスラエル、イギリス等全く違う国籍を持ち合わせる人たちと授業を行うので、思考のミックスが自然と行われています。それはダンスを含めとても刺激になることです。学生は能動的姿勢でたくさん質問をし、先生と学生がフラットな関係に近いのが印象的でした。日本では、先生、学生の関係というフレームが強く、お互いに距離がある感じがします。

日本女子体育大学の舞踊学科での科目と比較すると、実践と理論のクラスのレベルは日本とそれほど変わりません。違いは内容です。例えばベルギーでは、コンテンポラリーダンスの授業の先生は外部ゲストの方。いろいろな国からきた違うメゾッドを持った先生の授業を受けられます。ポートフォリオの時間では、自己を知り、ダンスとは違う形で自分を表現する勉強になりました。このように多様な思考や方法が同時に存在し、それらの刺激を吸収したり選択できたり同じ空間に居られるのはとても贅沢なことで、クリエイティブな思考を深めるにも大切なことだと思います。

―現在はどのような活動をされていますか?海外でプロダンサーとしてどう生活しているのか、仕事の受注やお給料面なども含めてお話ください。

3年間のRoyal Conservatory Antwerpも卒業し、今はフランスのオルレオンを基盤にした振付家Maud Le Pladecの作品“Twenty seven Perspectives”のツアーでベルギー、フランス、オーストリアでの公演を終え、引き続きフランス、イギリスへ回る予定になっています。また去年からはアイルランドのカンパニーTeaċ Daṁsa振付家Michael Keegan-Dolanの作品”MÁM”のツアーが始まり、アイルランド、イギリス、オーストアリア、ニュージーランドに公演へ。今後はアイルランド公演が来年に。

他の活動としては学校卒業後アントワープに残った13人のクラスメイトと一緒に“The Back Yard(バックヤード)”という組織を立ち上げました。というのもクラス(仲間)自体一人ひとり個性があり、バランスの取れたメンバーだったので「こんなに仲が良いなら学校の延長線状上で何か一緒にクリエイティブなことができないかな」という自然な流れで誕生しました。

“The Back Yard(バックヤード)”では自分たちが作品を作りお互いをサポートできるプラットフォームを作ろうと考えています。なぜなら、何かパフォーマンスを作る際に最低限必要なものは「場所、人、資金」だから。グループを作ると機関からサポートを受けやすいんですよ。今は、ラッキーなことに若いアーティストに可能性を感じてくれたのか、おかげさまで場所のサポートをしてくれる先ができました。経済的援助の代わりに地元でダンスワークショップを開き、ダンスをシェアすることになっています。

“The Back Yard(バックヤード)”ではすでに作品“It’s gonna be horse”を2019年に初演しました。そこから2020、2021年にかけてもありがたいことに公演が決定しています。今は手探り状態でこの組織がどう成り立つのかをみんなで模索中です。

またコレクティブ以外のパフォーマーたちと一緒に作品制作をしたり、ミュージックビデオのダンサーといった活動の幅を広めたりして芸術活動を育んでいます。今は、この3つの活動を合わせて生活できるほどの収入で生きていますが、コロナ後のカルチャー分野にはかなりのダメージがあると思います。もちろん私のパフォーマンスも延期やキャンセルが出ているので不安定な期間がもう少し続きそうです。しかし正直、フリーランサーとしては、もともとアップダウンの波はあるものなので、そんな状態でも冷静に何ができるのかを考えて、今できることを見つけて時間を過ごしています。

こちらで生活していて難しく思うところは言語です。前回のクリエーションがフランスであったときには、10名のうち私を含め2人以外はフランス語圏から来たダンサーでした。なので、クリエーション中も論議になるとフランス語になるので言語の壁は感じましたね。言語の勉強も必要に応じてやらないといけないなと改めて感じたりもしましたが、言葉の壁はヨーロッパにいると当たり前にあるし、5年前学校へ入学したときは、英語が私にとっての大きな壁でした。それに比べると、少しは成長しているようです(笑)。ちなみに今は、フランス語の勉強中です。

―目指しているダンサー、あるいはカンパニーはありますか?それはなぜですか?

日本にいると「目指す場所へ努力して入る」という概念が根付いていると思います。しかしヨーロッパでは、先ほども申し上げたように「結果より過程を大切にする」思考があり、私はこの考え方のほうが馴染んでいます。

もし、私が新しいカンパニーやプロジェクトを選ぶとしたら、振付家のテイスト、人柄、人としての考え方を重視し、一緒に仕事がしたい!という魅力的なところを理由にするでしょう。目指している、とは違いますが心を動かされた振付家(兼ダンサー)、カンパニーを紹介しますね。

Jan Martens(ヤン・マーテンス)

彼はいつも音楽との関係性を強く持ち、パフォーマーのエナジー変化と複雑で規律的な構成にしつつも、制約の中から生まれるナチュラルな人間性が見え隠れする作品構成が見どころ。https://www.grip.house/

Meg Stuard(メグ・スチュアート)

パフォーマーと同様に音楽の存在が同じように強くあることをいつも意識させられます。舞台美術も作品によっては見どころです。動きは抽象的にもかかわらず、パフォーマーの心身 状 態 が 変 わ っ て い く こ と を 鑑 賞 中 に ひ し ひ し と 感 じ ら れ る と こ ろ が 面 白 い 。http://www.damagedgoods.be/

Dimitris Papaioannou(ディミトリス・パパイオアヌー)

近年日本にも来日しました。ダンスパフォーマンスと言うよりビジュアルアートからのアプローチを感じます。視覚的な印象が強く、舞台美術とパフォーマーと音のシンプルかつ特別なものの組み合わせによる総合芸術といえるでしょう。素材を最大限に活かす方法を知っていること。動く絵画を見ているようなパフォーマンスが多いです。http://www.dimitrispapaioannou.com/en/

10代で得た日本の価値観、20代で経験した欧州の価値観をどうすり合わせるか

―現在の悩み、葛藤、あるいは夢、乗り越えたいことはありますか?

「現状維持が簡単にはできない」と理解したのは、ベルギーの学校を卒業するあたりからでした。「この環境に残ってダンスを含め、新しいことにこれからも触れていたいな」という考えははっきり持っていました。しかし実際、気持ちだけではどうにもならない現実もあります。ベルギーで生活をする上での必要最低限に必要なビザ。これまで知らなかった面を理解し、すべてのことをセットアップする作業を終えるのに半年以上の時間がかかりました。なのでダンス以外のところで不安定なことは付き物です。

ベルギーからすると、私は外国人(ヨーロッパ圏外の人)として扱われるので、日本に居ればしなくてもいい作業をしなくちゃならない、正直大変です。関わることで(関わらざるをえないんですが)ベルギーの社会システムに興味が湧き、日本の社会システムと比較したり、逆に日本のことをもっと知ることができたり。社会人としては、興味を持つ良いきっかけになって良かったとは感じています。

これからはダンサーとして、人として、深み、丸みのある人間になりたいです。ベルギーで新しく得た価値観と、福井(日本)で生まれ育って身についた価値観との2つをうまくすり合わせること、それが今の私の葛藤ですかね。

日本では、あ・うんの呼吸という言葉があるように、空気を読んだり、もっと感覚的に人と物事と関わったりするので、こちらでは当たり前にある理論的に意見を伝えることに慣れていませんでした。私、性格的に人前で話をすることも得意な方ではないので……(笑)。ベルギーに来てからは、人と話し合う時間が多く、多様な意見が飛び交います。聞く方も意見する方も柔軟な耳と脳を持ってないと収集がつかなくなってしまいます。なので良い意味で日本ではできなかったジコチュー(自己中心的)に振る舞えるようになったかな、と思いました。

ただ、最終的には、思いどおりにことが運ぶのは結構難しいということ。こちらの友達も「焦らなくても時間が答えを導いてくれるからね」と口を揃えて言います。すごく楽観的。納得するものを自分のペースで見つけていきたいと思っています。

―福井の、日本の、世界のダンス事情、をご自身の眼から感じていることをお話ください。

福井のダンスの現状はあまり知らないので適当なことは言えないんですが、どうなんでしょう?(笑)。自分の経験から言うと、私が福井に住んでいるときは、情報を選択できる機会に乏しかったことは事実です。バレエとヒップホップとチアダンスとヨガくらいの知識しかありませんでした。きっとほかにあるんだろうけれど、普通に生活してる上では、簡単には情報が入って来ない地域だと思います。JETSにおいては、ドラマや映画のおかげで全国に知られるほどですし、福井にもチアダンスをする人口も増え、「踊る存在感」が生まれた気がして嬉しく思っています。

改めて思うのは、日本に自然と横たわるアメリカの影響です。日本のダンス業界で需要があるのはエンターテインメント性の高いものでしょう。私もエンターテインメント性にあふれたものは好きです。日本人は、総じて癒しと笑いを求めているので、なんとなく娯楽性が強い物に惹かれてしまうのは分からなくもない……。そうでないものはマイノリティとして置いていく雰囲気があるように思いました。

福井でも日本でも世界でも、ダンスは共通言語になる、1つのツールとして成り立つ、自由なものだと信じています。私は、いま目の前にある物を疑問に思い、思考を繰り広げる、その思考そのものに価値をおく、この行為は大切なものだと信じています。視点と価値、それを私は今でもダンスから学んでいます。

プロフィール

岩本亜樹(いわもと・あき)

1992年、福井県福井市生まれ、福井商業高校でチアダンス部「JETS」に所属、日本女子体育大学に進学し岩淵多喜子氏、勅使河原三郎氏のWSに参加。卒業後に渡欧し、2018年6月にアントワープ王立音楽院ダンス科を卒業。現在は振付家Maud Le Pladecの作品 “Twenty seven Perspectives”のツアーでヨーロッパを回り、アイルランドのカンパニーTeaċ Daṁsa  振付家Michael Keegan-Dolanの作品 ”MÁM” にも参加、ツアーを行っている。ダンスコレクティブのThe Backyardのメンバーでもある。ベルギーのブリュッセル在住。

この記事を書いた人

SAITO Riko

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。