「言葉にできなかった、僕の考えがそこにあった」-久保田酒店 店主・久保田裕之さん

日本酒好きな友人へ贈るため、相談もかねてJR鯖江駅前にある「久保田酒店」さんへ。たまたまお手洗いを借りようと通された通路にあったのが、江崎満さんの版画でした。歴史ある久保田酒店の古い道具や大福帳とともに飾られている江崎さんらしい生き物の版画。真ん中の黄金の稲穂が、酒米にも見えてきました。なかなかの大きさで、なかなかの価格のはず。若くして手に入れたいきさつについて、ご主人の久保田裕之さんにお話を伺いました。

江崎満 版画「田んぼの風景」/倉庫への通路途中、久保田酒店の歴史を知る昔の道具類の展示コーナーに飾られています。Photo:上田順子

自分の分身を見つけた!手放せない!

-この版画との出会いを教えてください。

2000年ごろに、たまたま知人に誘われて鯖江市内にあったギャラリーへ行きました。それが江崎満さんの個展でした。

入った瞬間、奥の正面にあったこの作品が目に飛び込んできました。真っすぐに歩み寄って、そのまましばらく動けなくなってしまったのです。水、空気、虫、生き物、田んぼ、里山の風景がそこにありました。私自身生き物が好きなのでどうしようもなく惹かれました。

この上なく強く惹かれたそうですが、なぜですか?

この版画と出会った時、私はちょうど福井へ戻り酒屋を継ぐ決心から、日本酒の魅力をもっと感じてほしいと動き始めたころでした。「日本酒の味わいだけでなくその奥にある物語を、多くの人に広めていこう!」と考えていた時期です。でもうまく伝えることができない。言葉にできない。そのもどかしさを抱えていた時、江崎さんの版画と出会ったんです。「あぁ、これだ!」と。

田んぼがあって生き物がいて土が肥え、お米もまたその生命を宿して……自然の営みから日本酒がつくられる。
私が思い描く自然と共にある楽しさやありがたさが江崎さんの版画からあふれているように感じました。言葉にして伝えることができずにいましたが、絵だと自然に伝わるんじゃないかと。

ご自身の想いと絵が一致して、その感動もあり作品を購入されたのですね。当時、久保田さんは20代ですよね。20代で絵(作品)を買う、というのはとても勇気がいる買い物だと思います。江崎さんの版画は決して安いものではないですし。踏み切った理由はどこに?

分身みたいなもの、だと感じたからでしょう。家に帰っても忘れられなかった。実は、ギャラリーで見た時に購入したんじゃないんです、個展が終了してから「やっぱり買う!」と決心して。その時はすでにその版画は江崎さんの手元(石川県)へ戻っていましたから、私からギャラリーに頼んでもう一度送り戻してもらったんです。

そんな購入ストーリーがあったんですか! 購入の覚悟と焦りが分かります。

自分の気持ちを代弁してくれる絵でした。みんなにも見てほしいと手元に置きたくて、思いきりました。

Photo:上田順子

自分を励まし、支えとなる絵がある

江崎さんご本人にお会いしたことは?

購入してから数年後に、別の展示会場でお会いしました。ずっと年上だけど少年のような印象を受けました。江崎さんご自身が大好きなものを絵にしていると。「こいつ(生き物)のこういう所が面白いんだよ!」と目をキラキラさせて話してくれて、虫や鳥やカエルなど身近な生き物の話で盛り上がったことを覚えています。

この絵を前に、お店に来られたお客さまと話をすることはありますか?

実際に私が見てきた酒米の田んぼや、そこで出会った生き物のことなど。生き物がたくさんいる田んぼってすごく生命の力や豊かさを感じますよね、と。お客さまも「昔はこんなのがいっぱいいたの〜」と懐かしがり共感してくれたりします。

20代で江崎さんの版画を購入してから、久保田さんご自身の中で変化したことはありますか?

商売をしている中で日々ジレンマもあるし、大変なこともあります。そんな時に、この版画は私が原点に立ち戻る、立ち戻らせてくれる絵なんです。迷った時に見つめると「間違ってないよ」と励まされているようにも感じられます。江崎さんが描いてくれた世界、自分が思う世界に反する商売はしたくない。支えとなる絵ですね。

ありがとうございました。

Photo:上田順子

久保田裕之(くぼた・ひろゆき)
福井県鯖江市生まれ。久保田酒店4代目。

久保田酒店
1914(大正3)年に創業。もともとは国高村髙木(現在の越前市高木町)で酒蔵を営み「見代の井」という銘の酒を造っていた。大正時代初期に次男の久保田治一郎が分家して旧・国鉄鯖江駅前に移り住み、その子である治三郎と治作の兄弟が商売を始めたのが現在の久保田酒店のおこり。高木から出たということで当時は「髙木屋 久保田酒店」という屋号で商売をしており、「通い徳利」にもその名が書かれている。

〒916-0025 福井県鯖江市旭町1-1-4
TEL. 0778-51-0252
FAX. 0778-53-1640
営業時間/9:00~19:30
定休日/日曜日
駐車場/あり(店舗横)
アクセス/JR鯖江駅前 徒歩1分

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本インタビューは、月刊fu「或る場所のアート」のはみだし版です。本誌も読んでね☆ 2021年7月号掲載分。
●月刊fu  
https://www.fukuishimbun.co.jp/feature/fu

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この記事を書いた人

SAITO Riko(齊藤理子)

幼い頃から絵が好き、漫画好き、デザイン好き。描く以外の選択肢で美術に携わる道を模索し、企画立案・運営・批評の世界があることを知る。現代美術に興味を持ち、同時代を生きる作家との交流を図る。といっても現代に限らず古典、遺跡、建築など広く浅くかじってしまう美術ヲタク。気になる展覧会や作家がいれば国内外問わずに出かけてしまう。

I have liked drawing since I was young, manga and design. I tried to find a way to be involved in art other than painting, and found that there were ways to be involved in planning, management and criticism. I am interested in modern art and try to interact with contemporary artists. I am an art otaku, however, it is not limited to modern art. I appreciate widely and shallowly in classical literature, remains, and architecture. If there is an exhibition or an artist that interests me, I go anywhere in and outside of Japan.